TokuteiJuku’s blog

特定社労士試験の勉強と受験

頌春

新年早々、辛いニュースが多くて、気が重くなります。被災された方々や事故に遭われた方々に、お見舞い申し上げます。

ところで、この塾も3年やって来て、色々ノウハウやナレッジも貯まって来たので、今年は、第20回に向けて、教材の内容と情報提供の方法を一新しようと考えています。

例えば、今までは、権威付けのために、有名な学者や弁護士の著作をたくさん引用して来ましたが、今年は、分かりやすさに重点をおいて自分の言葉で書きます。もちろん、参照文献の箇所を示して。

3月の合格発表の後に公表しますから、それまでお待ちください。

第19回第1問(労働紛争事例)の解き方(前回の続き)

 予定よりも早く書き終えたので、土曜日の朝、公開します。それでは、早速、小問(1)から考えて行きましょう。

小問(1)

 退職願が取り消されて遡って無効になるのだから、当然、労働契約は継続されるし、働けなかった期間中の賃金は請求できると考えて、こう書きました(訴状のような請求事項の書き方については、過去のブログの記事を参照ください。)。今回、全体的に難易度が上がって得点しにくいので、ここでは受験生に点数をプレゼントするべく易しくしてあるのかな?それとも何か落とし穴があるのかな?と少し疑心暗鬼になりました。

<解答例>

① XはY社に対し、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。

② Y社はXに対し、令和5年10月20日限り金655,000円および同年11月以降毎月20日限り金655,000円を支払え。

 

小問(2)

Xが錯誤取消しを主張するために、民法95条(錯誤)で満たすことを求められている

要素は、次の7つです。

(1)   表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(基礎事情の錯誤)が存在する。

(2)    錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること。

(3)   その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと。

(4)   錯誤について表意者に重過失がなかったこと。

(5)   相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。

(6)   善意かつ無過失の第三者に対抗することができない。

(7) 取消しの意思表示が相手方に到達したこと。

 ここまで考えて次の解答例を作ってみました。

<解答例>

①Xは、9月20日、懲戒委員会委員でもある上司のK取締役支店長から、懲戒解雇となる可能性が高いので、そのような事態になるとXの経歴に傷が付き、再就職先のあっせんもできなくなるが、自己都合退職なら関連会社などへの再就職も心配ないと言われて、懲戒解雇になる前に自己都合退職をすることを勧められた

②上記①に引き続いて、K支店長の話を信じ、懲戒解雇になるのなら支店長の言うとおり自己都合退職した方が良いと考えて懲戒解雇になるのでしたら退職しますと述べ、Y社の定型様式の退職願をその場で書いて、K支店長に提出したこと。

③上記①②の翌日、同期入行で元人事部調査役の同僚からパワハラで懲戒解雇になるのは余程ひどい暴力沙汰などのケースに限られるので、支店長の話が真実かどうかを確認するように勧められたので、社会保険労務士に相談したところ、Xのケースでは到底懲戒解雇にはならないとの話があったこと

④Xは、K支店長から懲戒解雇処分になる可能性が高いといった言葉を聞き、それを信じて懲戒解雇になるならK支店長の言うとおり自己都合退職をした方が良いと判断したのだが、懲戒解雇になりそうだというK支店長の話は間違った情報であることが分かったので、9月22日に出勤後ただちにK支店長に対して口頭で、自己都合退職は真意ではないので、取り消しますと伝えたうえで、本店人事部へ提出した退職願を取り消すとの内容証明郵便を発信し、9月25日に到達したこと。

⑤Y社からの退職願の受理通知が9月22日に届いたが、Xの取消しの意思表示は退職願の撤回ではなく錯誤を理由としているので、9月22日にY社からXに送られてきたY社の人事本部長(取消前に現れた善意無過失の第三者ではないY社の一機関)の決済による退職承認の辞令は、Xによる取消しに影響しないこと

 

 上の解答例①は、(1)(2)(4)(6)の主張事実です。回答例②は、(3)(5)(7)の主張事実です。回答例③は、(1)(2)の主張事実です。回答例④は、(6)の主張事実です。解答例⑤は、(6)の主張事実です。

 原告(申立人)は、錯誤取消しを主張する場合、多くの主張事実を取り揃えて、立証しなければならないので大変です。一方、被告(被申立人:相手方:雇用主)は、一つでいいから、原告の主張事実を攻撃して否定できれば良いからやりやすいです(実は、そう簡単ではないということが小問(3)の問題文を読んでいて分かったので後述します。)。解雇や雇止めのときに使う解雇権濫用法理では、被告(雇用主)が必死になって濫用はなかったと主張立証することになるので、今回は、攻守が逆転しています。ここのところが、本問の大きな特徴の一つです。

 ここまで書いてきて、どうもしっくりこないなという気がしてきました。第19回第2問(倫理事例問題)の解き方の記事で、物事を俯瞰的にとらえることの重要性を述べました。これをやっておかないと、小問(4)の法的判断の見通しがおかしくなる(核心部分をはずす)おそれがありそうだと考えて、少し、思索してみました。

 客観的に見れば、この事件でXは懲戒解雇になりそうにないのに、なぜ、上司のK支店長は、そのリスクを強調して、Xに退職願を書かせたのか?

 部下のXが可愛くて本心からXの身の上を案じて懲戒解雇で傷が付く前に自己都合退職の辞職願を勧めたとは思えません。なぜなら、第1回懲戒委員会に委員として出席したK支店長は、指導教育のやり方に行き過ぎた部分はあったとはいえ、A部員も指導教育をうけるぐらいの言動をしていたのだから、委員会の席上で、部下のXをかばうような発言をしてもおかしくなかったのに、そうしなかったのが不思議です。K支店長は地方銀行の取締役であり、それなりの地位の人ですから、この程度の事件でXが懲戒解雇にはならないだろうと考えて、Xを守るための援護射撃をしても、自分に跳ね返りがあるとは思わなかったはずですから、援護射撃をしても当たり前なのに、しなかったのは、不思議です。

 もう一つ、直属の部下がパワハラで懲戒解雇になったら上司の自分も監督責任を問われるのを恐れたから、うやむやで済まそうとしたと考えるのも、上述のごとく、客観的に見て懲戒解雇にはならないと考えるのが普通だったら、今回のようなXからY社に対する労働紛争になるようなリスクを冒してまで、揉消しを図るでしょうか。それに、既にこのパワハラ事件はY社内で知れ渡っているでしょうから、Xが懲戒解雇になるかならないかにかかわらず、K支店長の人事評価は下げられていたはずなので、揉消すことの効果はあまりないものと思われます。

 設例では、Y地方銀行(おそらく上場企業)、K支店長、取締役という人物設定になっていて、頭の悪い小心者で、後先考えずに突っ走ったと考えるのは無理があると思います。また、第1回懲戒委員会ではXの処分は決まらず、第2回懲戒委員会で「過去の事例や社会的な相場、判例などを慎重に検討して協議する」となっていて、Y社の懲戒委員会でも懲戒解雇というのは、あまりに極端な結論だという雰囲気が漂っています。このような状況下で、K支店長が、Xに、自己都合による辞職願を急いで書かせた理由が何か別にあるはずです。

 Xの言い分7.中の「貴君の業績は行内でよく知られているので、自己都合退職すると関連会社など再就職先には全く心配はない」とY社の言い分10.中の「Xの銀行マンとしての力を関連会社で生かしたいので本人を説得して自主退職を勧め」の箇所が引っ掛かります。ひょっとして、K支店長は、以前からX課長を関連会社に出向(または転籍)させようと考えていて、今回の事件を利用して、それを実行に移したのではないか?との推測ができます。あながち「下衆の勘繰り」とも言えないと思います。

 さて、ここまで気づいたとして、問題は「上述の7要素のどれに該当するか?」です。ううん、民法総則の瑕疵ある意思表示の錯誤取消しの有効性を論じるときに(詐欺や脅迫ならいざしらず)、相手方(当事者)が錯誤に陥ることを積極的に演出した動機が「前から辞めさせたかったから、このチャンスに辞めさせてしまえ」だったとして、錯誤による取消しの有効性を検討する際の材料になるか?です。ここでは結論がだせないので、後で、小問(4)のとき再度検討します。

 もう一つ気になった点は、Y社の懲戒解雇の手続または処分の内容が、不適法または不適正で、そもそも懲戒解雇にできない状況にあったとしたら、K支店長の行為は、ますます悪さ加減が酷く(錯誤取消しが認められ易く)なります。この適法・適正な懲戒解雇が出来そうだったかどうかという論点は、上述の「(1)表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(基礎事情の錯誤)が存在する。」にかかわる大問題なのですが、世間の相場観(社会的相当性の一種)から見ると、処罰が重すぎるということになるのだと思います。少なくともY社としては、「懲戒解雇の処罰を下せる条件を整えた」と言える状態まで積み上げをしたのだから、Y社としては第2回懲戒委員会で懲戒解雇の決定をしえたと主張立証しておくことが必須かなと考えました。小問(3)で、より詳しく述べます。

 ちなみに、こう考える根拠となる労働契約法第15条(懲戒)を引用します。

第15条(懲戒)************************************************************

 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。

**************************************************************************

 

小問(3)

 小問(3)の問題文を読み出して、まず問題文中の「本件手続において、適法に退職が成立していると主張する場合」と書かれていて、小問(2)中の「XのY社に対する退職の意思表示がXの取消しにより無効となり、Xは依然としてY社の従業員であることを主張する場合」とは、表裏の関係でないように書かれている点が気になりました。

 つまり、小問(3)は退職の意思表示が取り消されて無効になる前に、Xによる退職の意思表示(申込)が行われてY社による退職の承諾がなされていたかを問う問題なのか?と疑問が湧いたのです。だとしたら、ここは、退職願の撤回の論点になるのではないか?

 この論点については、使えない(出題者がこれを射程範囲に入れていない)と考えました。理由については後述します。

 閑話休題。でも、小問(2)と(3)で論点にズレがあったら、小問(4)の法的判断の見通しを立てる材料がなくなるし、第1問の小問(1)-(5)の次のページに民法95条(錯誤)の条文がわざわざ掲げられていることから考えて、小問(2)の解説で書いた解雇権濫用による懲戒解雇の不達成を招くような不備や瑕疵がY社にはなかったということが、錯誤だったかどうかの分かれ道になるという点について触れなさいという出題者のサインだろうなと考えた訳です。つまり、小問(3)(Y社の主張立証)の方が、解答の射程範囲が広いと考えました(もしここに不備があれば、Xはその点を突きます。)。だから、Y社内の事実調査や検討手続(もちろん就業規則の規定なども)について、やたらと詳しく書いてあって、「ここまで積み上げてきた結論で出した懲戒解雇なのだから、少々世間相場より厳しくても構わないだろう。(錯誤の話は別にして)処分が無効になることはないだろう。」とY社の言い分で言っているような印象を持ちました(ここまで穿った考え方をするのは、私だけかな?)。つまり、錯誤取消しの検討の前に、懲戒解雇の妥当性(懲戒権の濫用ではない)という論点を検討しなさいと言うことに、小問(3)の問題文で気づかせようとしている。こう考えると、相当に凝った問題(というより難解)だなと思う訳です。

 そこで、懲戒解雇の妥当性を判断する要素ですが、次の4つです。

*******************************************************************

① 罪刑法定主義の原則―――――懲戒処分を行うには、あらかじめその理由となる事由とこれに対する懲戒の種類・程度が、就業規則の懲戒規定(懲戒事由と懲戒手段)により定められていることが必要である。

② 平等取扱いの原則―――――すべての労働者を平等に扱うこと。特別な理由もないのに、使用者が恣意的に、特定の労働者に対して、処分の重さを変えたり、前例と異なった処分をしたりしてはならない。

③ 目的正当性の原則―――――処分の目的が正当であること。使用者が処分を行う(不当な)目的が他にあり、懲戒事由に該当する非行が当該労働者にあることを隠れ蓑にして、本来の(不当な)目的(例、組合つぶし)を達成しようとする場合には、解雇権乱用として当該処分は無効となる。

④ 適正手続の保障――――――処分の手続は、適正かつ公平なものでなければならない。労働者を処分しようとするときは、まず、処分する理由をはっきり示し、その証拠を明らかにする必要がある。労働者がその処分に不服がある場合には、それを公正に検討するといった手続や本人に弁明の機会を与える必要がある。就業規則労働協約に手続が定められている場合にはそれに従うことはもちろん、定めがない場合でも、適正な手続を経ないでなした処分は、権利乱用として無効となる。

******************************************************************

 ①と④はまず及第点かなと思います。②は情報がなく判断できないのですが、まあ、無茶な結論は出さないだろなと考えると、問題は③ということになります。(K支店長の個人的な悪だくみは別にして)Y社の懲戒委員会に、このような目的が隠されていて、懲戒解雇に踏み切るという風にも読めません。とすると、Y社としては、(世間並みの懲罰かは別にして)一応、Xに懲戒解雇を命じることが出来るところまでの積み上げは適正に行われたと考えて、このことをY社が主張事実として挙げてもおかしくはないのかなと判断しました。

 

 ここで、「退職願の撤回」の論点について解説しておきます。興味のある方は、前回書いた安西愈弁護士の本か、加茂善仁著「Q&A労働法実務シリーズ6解雇・退職[第4版]」中央経済社2011年発行のP301~第7章合意解約・辞職2退職願の撤回を参照ください。退職願の撤回の論点と錯誤取消し(当時は無効)について詳しく書かれています。

 さて、Xの言い分とY社の言い分を読んでいて、関係する部分を時系列で書き出すと、9月20日Y社様式の退職願提出・人事本部長による退職願の承認→21日錯誤だったと知る→22日K支店長に退職の意思表示の(錯誤)取消し・Y社からの退職承認辞令の受領→25日内容証明郵便のY社人事部に到達となります。

簡単にこの退職願の撤回の論点を説明すると、「(一方的に効果の生じる)辞職の意思表示」だから、期間の定めのない雇用契約の辞職の意思表示は到達した時点から効力を生じる(民法627条1項により2週間後に退職となる)ので、意思表示の到達時点までに撤回しなければなりません。もう一つ、Xが円満退職を望んでいた状況やY社定型様式の退職願を使用していることから考えて、9月20日にXから「合意解約」の申込みがあって、即日、Y社がこれを承諾して承諾の意思表示を郵便で発して、9月22日にXにこれが到達する一方、同日朝出勤後すぐにXがK支店長に取消しの意思表示(撤回ではないが撤回を含み得る。)をしていることから、Xの撤回の意思表示は有効で退職願は撤回できたのか?というのが、時間の前後関係とK支店長の権限の関係で微妙な話にはなります。

 ここで、細かな論点をあげると次の4つです。

① Xからの退職の申込みは、何時、Y社の誰が、承諾したのか?

② Y社からの退職の承諾の意思表示は、何時、Xに到達したのか?結果、何時、撤回不能となったのか?

③ Xからの退職願取消し(撤回)の意思表示は、何時、Y社の誰に到達して有効となったのか?それとも間に合わなくて、有効とならなかったのか?

④ 隔地者間の承諾の通知(意思表示)は、発信主義なのか、それとも到達主義なのか(この点に関しては、民法が改正されて到達主義になりました(民法97条1項)。)?

 下線を引いた、「Y社の誰」というのが、また論点になっていて、「K支店長」なのか、それとも「人事本部長」なのかの判断が要ります。

 横道に逸れますが、K支店長には退職願の撤回の意思表示の受領権限があるのかないのかについて少し考えてみます。多くの受験生は、Xの意思表示は人事本部長に到達しなければY社に到達したことにならないと考えるでしょうが、私は、K支店長に対する意思表示は(その後人事本部長に伝えられるかどうかに関係なく)Y社に到達したと考えるべきと考えます。理由は次のとおりです。神田秀樹著「法律学講座双書 会社法 第二十五版」弘文堂2023年発行のP16~「第3節 1.会社の使用人」から一部引用します。

(1)支配人 (ア)会社の支配人とは、会社の使用人のうちで会社(外国会社を含む)の本店または支店の事業の主任者であるものをいう。会社は、そのような支配人を置くことができ、登記する。

(略)

(イ)権限 (a)包括的代理権 支配人は、会社に代わってその事業に関する一切の裁判上・裁判外の行為をする権限を有し、支配人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。(b)支配人は、他の支配人を選任・解任する権限を有する。

(略)

(エ)表見支配人 会社の本店または支店の事業の主任者であることを示す名称を付した使用人(表見支配人という)は、その本店または支店の事業に関し、一切の裁判外の行為をする権限を有するものとみなされる。

 

 Y社は地方銀行です。銀行の支店長は、支配人の登記をしているケースが多く、そうでなくても当該支店について絶大な権限を有しており、K支店長はY社の取締役ですらあります。どう考えても(少なくとも表見)支配人だと思われます。だったら、XのK支店長に対する意思表示は、その時点でY社に到達したと考えるべきで、そうではないとY社が主張(反論)したければ、Y社が主張立証する責任を負うものと思われます。

 まとめると、Y社定型様式の退職願を提出したのだから、9月20日にXから労働契約の解約の申込み(意思表示)があって、Y社は正式の社内手続に従って即日これを承諾している。ならば、この承諾は、いつXに到達したのか?22日に辞令が郵便でXに届いた時点と考えるのが常識的判断です(潮見民法P42「意思表示の効力発生時期――到達主義」を読んでください。)。とすると、この郵便の到達時点から、退職願の撤回はできなくなっているということになりますが、郵便がXからK支店長に退職願の取消し(撤回)の意思表示をする前だったのか、後だったのかが設例からは分からないので、撤回できたかどうかは判断できないということになります。つまり、この論点を追及していっても、結局、論点が多くて、与えられた情報では、XとY社のどちらが有利かの判断が出来ないということになります。会社法の表見支配人の権限の論点まで引っ張り出して、挙句、結論がでないというデッドロックに乗り上げてしまいます。ここまで検討して、時間の無駄でした。

 したがって、「退職願の撤回」の論点は射程範囲外と考えて、懲戒解雇の懲戒権濫用の論点を入口にして、次に小問(2)のXの主張事実の(上述の(1)~(7)のうち)どれかの要素を攻撃(否定)する主張事実を書く方が、論理的には読みやすいかなと考えた訳です。

 

ということで、Xの言い分とY社の言い分を読み比べて考えました。

 

「(1)表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(基礎事情の錯誤)が存在する。」を否定する。つまり、懲戒解雇になる可能性は低いにも関わらず、可能性が高いと誤解して、錯誤に陥って退職願を書いて提出したのではなく、懲戒解雇の可能性が高かったので、Xは、冷静に得失を考えて判断したと主張(反論)する。

「(4)錯誤について表意者に重過失がなかったこと。」を否定する。つまり、Xが錯誤に陥ったのは、Xの重過失(軽率な判断)が原因であったと主張する。

 

(注)(1)で錯誤はなかったと言っておきながら、(4)錯誤はあったと主張するのは、若干矛盾を感じますが、(4)は予備的に主張しておくという理解で行きます。

 

「(5)相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。」を否定する。つまり、Y社は重大な過失なく、Xが錯誤に陥っていることを知らなかったと主張する((1)とよく似ているのですが。)。

「(6)善意かつ無過失の第三者に対抗することができない。」を使って、善意無過失の第三者への権利侵害を主張する(人事本部長を善意無過失の第三者と言ってしまう。)。

 これで、5つ攻撃材料が揃いました。効果があるかどうかは別問題で、小問(4)で吟味することになります。

 

<解答例>

①Y社は、ハラスメント防止規程に基づいてハラスメント委員会を開催し、Xのハラスメント行為の事実認定を行い、就業規則55条(懲戒処分行為)および同54条(懲戒処分の種類及び程度)に抵触すると判断し、Xも出席した第1回懲戒委員会を開催し、第2回懲戒委員会で、Xの主文内容を検討することにするなど適正な手順を踏んでいるので、懲戒解雇の決定がされる可能性が高いこと。

②Xは、「パワハラ認定事実」の記載内容を容認しており、ハラスメント委員会で懲戒処分に相当するとして懲戒委員会にかけられたことも認識しているうえに、Y社は、毎年のようにハラスメント研修を実施したり、コンプライアンスポリシーに人権尊重を掲げたりしていることなどを認識しており、懲戒解雇に処されても仕方がない状況にあると認識していたこと。

③Xは、退職願をK支店長に提出した9月20日の翌21日に同僚や社会保険労務士から本件では懲戒解雇になる可能性が低いと聞かされて翻意して、22日に退職願の取消しをK支店長に申し出ているが、そもそも、9月20の時点で情報の収集・分析をして退職願を提出するかどうかを判断すればよかったのにそれをしなかった点に重大な過失があること。

④上記①②③の事実から、Y社は、Xは客観的な情報に基づいて正常な判断をして、退職願を提出したものと判断し、人事本部長がXの退職を承認したこと。

⑤Y社定型様式の退職願による退職の申込みの承認(承諾)権者は人事本部長であり、人事本部長がXとK支店長との退職をめぐるやり取りを知らずに、Y社定型様式の退職願を見て機械的にXの退職の承認をして辞令を発した後で、Xが錯誤取消しの意思表示をしても、善意無過失の第三者である人事本部長の承認(承諾)には対抗できないこと。

 

 小問(2)も(3)も同様なのですが、使えそうな事実に関する情報は、たくさん提供されているので、どれとどれを拾って、つなぎ合わせたり、短くしたりして解答に仕上げるやり方は、一通りではありません。それと、私がくどくどと書いた論理展開(仕掛けられた罠も)はまったく理解せず、ただそこに書かれていた事実に関する情報を思いつくままに書き並べたら、結果オーライで、採点者が「よく分かっているなあ」と勘違いして点数をくれて合格する受験生がいる一方、勉強が進んでいたがために、出題者の仕掛けた罠に引っ掛かって、点数を落とす受験生がいるというのは、この試験の欠点だと思います。

 もっと、きちんと法的三段論法の展開を解答欄に書かせるようにすれば、受験生の実力通りの結果が得られるのになあと思う、今日この頃です。

 

小問(4)

 もうずいぶん、法的判断の見通しの考え方を書いてきたので、解答をどう書くかは、お分かりのことと思います。字数制限を無視して書くなら、こんな感じだろうと思います。

 

「この話をY社側からまとめると、Y社がコンプライアンス経営を重視していることを十分承知している支店の課長がパワハラ事件を起こしたので、Y社はかねてから用意された自社の懲戒手続を粛々と実行していたら、突然、当事者の課長から自己都合退職の定型様式の退職願が提出されて、急遽これを承認して退職の辞令を交付したにもかかわらず、今度は、その課長から、あの退職願の提出は錯誤に基づく意思表示だから、取り消して、雇用を継続して欲しい(未払の賃金も支払ってほしい)と請求されて困惑しているということです。しかし、客観的に見て懲戒解雇にはなりそうもないのに、なりそうだと言ってXに自己都合退職を勧めるというK支店長のとった行動が、Xの正常な判断を阻害して、錯誤に陥らせてしまったと受け止めることに合理性があり、また、Y社の一機関である人事本部長が善意無過失の第三者であるという反論にも無理があり、Xの錯誤取消しが認められる可能性はかなり高いものと思われる。」

 

<解答例>

Y社はコンプライナンス重視の経営を実践し従業員教育等を徹底する一方、パワハラ事件が発生した場合の適正手続を事前に定めて、Xの事件についてそれを適切に履践しており、Xを懲戒解雇にすることが可能であった。しかし、世間相場から考えて本件で懲戒解雇は処分が重過ぎ、K支店長の言動によって懲戒解雇になるぐらいならその前に自己都合退職をした方が得だと錯誤に陥ったというXの主張には合理性があり、Y社の反論(抗弁事実)は弱いと考えて、Xによる退職願の錯誤取消しが認められる可能性は高いと判断した。

 

小問(5)

 Xが勝ちそうなケースで、Xの代理人が提案する和解提案としては、基本的には復職と未払の賃金の支払でしょうが、本件では、XがAに対して行ったパワハラ行為の処分のやり直しの問題とK支店長(だけとは限らない)が考えていたであろうXを関連会社に出向(転籍)させたいという意向がY社としての意向なのかという問題が残っています。「元の鞘に収まってハッピイ」とは言い切れないところが、知恵の出しどころというか、工夫のしどころですね。

 実はもう一つ問題があって、懲戒委員会をやり直す前に、Y社就業規則の不備を修正する必要があります。現状の就業規則54条と55条を見たときに、懲戒処分該当行為の悪さ加減に応じて懲戒処分を決めるための基準が定められておらず、Y社(懲罰委員会)が、同種の行為なのに、恣意的に処分を重くしたり軽くしたり出来るという欠陥があるからです。例えば、どの程度なら譴責で、どこからが減給になって、次にどの程度なら出勤停止になるという判断の基準がないことが問題なのです。Xの事件があるなしにかかわらず、就業規則の改正は必須と考えます(このような就業規則をよく見かけますが、本当に懲戒解雇をするためにギリギリ詰めていったら、会社が裁判で負けると思います。)。改正後の就業規則で、過去の懲戒行為の処分を決めるというのは、罪刑法定主義に反するのではないかという疑問を持つ方がおられるかもしれませんが、ルール違反を起こして裁かれる側に優位になる改正なら、罪刑法定主義には反しないとされているので、「刑事犯になる場合を除いて、パワハラ行為では降格まで」と決めることはなんら問題ありません。

 この就業規則の不備の問題は、小問(4)で触れてもよかったのですが、Y社が弱いことのダメ押しになるので不要かなと考えたことと、字数制限を超えそうなので書くのを止めました(書いてもおかしくはなかったです。)。

 

<解答例>

Xの元の職場と地位への復職と未払賃金の支払の後、改めて懲戒委員会を開催して今回の事件のXの処分を決め直すことを提案する。ただし、現在の就業規則54条と55条では、懲戒処分該当行為と処分の種類・程度を客観的・合理的に割り振る基準がなく、懲戒委員会が恣意的に処分を決められるので、この不備な点を先に改正することを条件とする。Y社が、どうしてもXの辞職を欲するなら、Y社で定年まで勤務した場合の退職金の支払と現在以上の労働条件(定年は70歳)を保証した上での関連会社への転籍を提案する。

 

 以上、なんでこんなに難しいのだろう?来年からは、第1問対策は民法総則の勉強を基礎からしなければならないし、第2問は社労士法等の関連条文のコンメンタール(逐条解釈)の勉強を細かくしなければならないのかなと思う、今日、この頃です。

 

 

第19回第1問(労働紛争事例)読んで感じたことと考えたこと。

 ここのところ、公私ともに忙しくて、なかなか第19回第1問(労働紛争事例)を読む時間がなかったのですが、本日、午後、やっと読みました。解答例とその解説を書くには、もう2-3日時間をください。受験生の皆さんは、この試験問題の論点や攻略方法を早く知りたいでしょうから、今日は、問題と設例を読んでみて、感じて考えたことを書いてみます。

 まず、今回の第1問が、民法の「錯誤」を最重要論点とする問題であるということは、大半の受験生が気づいたことと推測します。しかし、その中のどれだけの人が、民法95条(錯誤)の条文の正確な解釈を理解していたか考えると、それが(事前に受験勉強でしっかり準備が)できていた人は、実は少数派だったんだろうなと推測しています。

 閑話休題。私はいつも塾生に言っています。「第1問は、まず小問(1)~(5)の質問文を読んで、出題者の意図を読み取って、解き方や書き方の指示や、回答の射程範囲を理解してから、設例のXの言い分とYの言い分を読みなさい」と。この教えを守っていたら、次のようなことに気付いたはずです。

 小問(2)中に「XのY社に対する退職の意思表示がXの取消しにより無効となり、Xは依然としてY社の従業員であることを主張する場合」と書かれています。次のページに民法95条(錯誤)が引用されていることと併せて考えると、XがY社にしてなした退職の意思表示を錯誤により取り消すのだなということが分かります。過去問から推測すると、労働者Xが上司から懲戒解雇になるかもしれないから、依願退職した方が得だと言われて、それを信じて退職願を書いて提出して、後になって、懲戒解雇の可能性はかなり低かったので、動機の錯誤があるから、あの退職願を取り消して、雇用の継続を求めるという設例だろうなと考えました(実際、Xの言い分を読んだ時点で、このストーリーは確かめられました。)。ということは、民法95条(錯誤)の条文に書かれた「錯誤取消しの要件」を順番に5つ拾っていけば、小問(2)で要求される主張事実になると考える訳です。

① 表意者が法律行為の基礎とした事情についてのその認識が真実に反する錯誤(基礎事情の錯誤=動機の錯誤)が存在する。

② 錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らして重要なものであること。

③ その事情が法律行為の基礎とされていることが表示されていたこと。

④ 錯誤について表意者に重過失がなかったこと。

⑤ 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。

 XとYの言い分を読み込んでいない時点で気のなるのは、⑥善意かつ無過失の第三者

の保護規定があるので、この論点について、主張事実を書けるのか?書くべきなのか?の判断ができていないということです。以上の6つの要件については、次回詳しく解説します。そのうえで、主張事実を整理します。参考までに、民法 第1編 総則 第5章 法律行為 第4節 無効及び取消(119条―126条)を読んでみてください、取消権者、取消しの効果、原状回復義務、取消権の期間の制限(時効)などが規定されています。

 そうそう忘れるところでした。錯誤が無効だった改正前の民法と違い、改正後の民法では錯誤取消しになったので、「取消しの意思表示」がないと取消の効果が発生しないということも忘れてはなりません。Xがこれをやったことが、主張事実から抜け落ちていたら、ダメージが大きいですね。

 ここで、一部の受験生は、これを「退職願の撤回」の論点の問題と勘違いしたのではないか?と気づきました。これは、本心から退職願を提出した労働者が後で気が変わって、「やっぱり辞めないから、あの退職願は撤回させてください」といい出したケースであり、この第19回第1問とはまったく違う論点の問題ですから、この論点に沿って回答をしたら間違いです。例えば、安西愈弁護士著「トップ・ミドルのための採用から退職までの法律知識[十四訂]P921に説明があります。まあ、「取消し」と「撤回」の違いを知っていれば、このような間違いはしないのでしょうが、残念ながら、この試験の研修では、法律用語の細かな解説までしていないので、取消し=撤回と間違って覚えている人がいることも致し方ないとは思いますが・・・。ちなみに、法律学小辞典5のP961に「撤回 Ⅰ 民法上は意思表示をした者がその意思表示の効果を将来に向かって消滅させること。一方的な意思表示によってされる点では取消しと似ているが、取消しは一定の取消し原因(制限能力・詐欺・脅迫【今なら錯誤も】)のあるときに限ってでき、また、過去に遡って法律効果を消滅させる点で撤回と異なる。撤回は取消しと違って取消し原因がなくてもできるが、既になされた意思表示によって当事者間に権利義務が生じてしまった場合には、原則としてその意思表示を撤回できない。撤回できない場合でも、その意思表示について別に取消し原因があれば取消できるのはもちろんである。」とあります。

 閑話休題。小問(3)中に「Y社の立場に立って、本件手続において、適法に退職が成立していると主張する場合」とありますから、ここでは、上述の①~⑤を否定する事実を書くことになりますが、直接、これらには該当しないが、「パワハラを防ぐ仕組みを作って教育も徹底して来たのにこの不心得者がパワハラをやってしまったので、会社は免責されるべき」だという主張(何を免責されるのか?錯誤取消しと関係があるのか?)が意味をなすのか?なさないのか?についての検討が必要と考えます。加えて、「⑥の善意・無過失の第三者に人事本部長が該当して、抗弁に使えるのか?」という点も検討が必要と考えます。

 小問(1)と(2)の主張事実を詳細に検討していないので、確定的な判断はできないのですが、おそらくXが強くて、錯誤取消しが認められると考えています(小問(4))。

 とすれば、小問(5)では、Xの復職と解雇期間中の賃金の支払を求める(小問(1)の請求内容)代わりに、改めて懲戒委員会で処分を決め直すことを提案することになると思います。ただし、処分行為の悪質性と処分の軽重の関係が不明確な現在の就業規則の規定をそのまま適用することは不適当なので、諭旨解雇と懲戒解雇は適用せず、K支店長を委員から除外することを条件にします。

第19回の倫理を解いてみました。

 第19回の試験問題が、連合会のWebsiteに載っていたので、試しに第2問(倫理)をざっと読んで解いてみました。その解き方を解説します(模範解答ではありません。)。塾生からの断片的な情報ではなく、問題文を読むと、様々なことが明らかになって、知識のあるなしではなく、条項の意味を深く正確に理解して、事実の分析を緻密にやることを求める、良くできた問題だなという印象を持ちました。

第2問小問(1)

 利益相反の問題ですから、社労士法22条2項の1号、2号、3号のいずれかに抵触するか?をまず検討することになります(4号・5号は組織を移動した場合の条項です。)。次に受任を制限される場合を書いた部分を掲げます。

① 同条同項1号「紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件」

② 同条同項2号「紛争解決手続代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの

③ 同条同項3号「紛争解決手続代理業務に関するものとして受任している事件の相手方からの依頼による他の事件」

 問題文を読むと、A社代表取締役Bと特定社労士甲の間で、明確に個別労働紛争代理業務の依頼があって承諾したとの記載はありませんから、①同条同項1号だと「相手方の協議を受けて賛助した」かどうかが問題になります。

 二番目に、②同条同項2号だと、「相手方の協議を受けた」かという点と「その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるか」という点が問題になります。

 三番目に、③同条同項3号だと、「受任している事件の相手方からの依頼による他の事件」かが問題になります。

 簡単に分かる③から片付けましょう。Bから相談された事件とCから相談された事件は、いずれもCがA社を違法に解雇されたことの無効を求める紛争であって、「他の事件」ではないので、③は適用できない(抵触しない)ことになります。

 問題は、①と②をどう考えるかですね。問題文を一読すると、A社代表取締役Bは、特定社労士甲に当該予定される紛争の内容について「協議した」けれど、「賛助はしなかった」ので、①は適用できない(抵触しない)と考えて、最後に②をどう料理するかという問題が残ります。特定社労士甲は代理業務の予約契約の申込みを受けてそれを承諾しているのだから、「相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの」と言えそうです。そうすると、「同条同項2号に抵触するから受任できない」という結論と理由になりそうです。問題文の最後の段落の頭に「法律に照らし」と書かれている点からも、これで行けると思うのが普通の受験生で、ここまで書けたら5点を下回らないのかなとの印象を持ちました。

 しかし、これでは余りに簡単すぎるので、何か罠が仕掛けられていないかな?と疑う訳です。与えられた事実から判断して、そもそも、④特定社労士甲はA社代表取締役から「協議を受けた」と言い切れますか?また、⑤その予約契約の締結された状況や内容から考えて「その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるもの」と言えますか?出題者は、これら④と⑤の点ついての分析を求めているのではないか?と私は考えました。

 私は第16回の特別研修を受講しましたが、その時配布された教材の薄い方のP116以降に「社会保険労務士法の解説(抜粋)」というのが載っています。その一部を次に引用します。

***********************************************************************

 同法同条同項1号の解説文の中に『「協議を受けて」とは、具体的事件の内容について、法律的な解釈や解決を求める相談を受けることをいう。』と書かれています。

 また、同法同条同項2号の解説文の中に『これは協議を受けただけでその事件に全く関与できないこととするものではないが、本条一号の場合のように強い助言や事件の処理まで行わなかったにせよ、例えば、秘密に属するようなことまで開示して協議を行う等相手方との強い信頼関係があれば、新しい依頼者の利益を損うことを懸念したものである。しかし、立話程度や抽象的な相談などは、強い信頼関係に基づくものとは言えな。すなわち、本号は第一号と同じく相手方との信頼関係を問題にしているが、第一号と異なり、賛助又は依頼の承諾という要件を欠く場合の要件を補充するものとなっている。』と書かれています。

*****************************************************************

 これらを読むと、本問の事実関係では「協議はなされていない」し、「信頼に基づくというほどもこともない」という評価が正しいとうことになり、同法同条同項2号は適用できない(抵触しない)という結論になると思います。

 だとすると、特定社労士は「受任できる」ということになるのか?一般社会の常識として、何か気持ちが悪いというか、違和感がありますよね。

 そこで、社労士法1条の2(公正誠実義務)や第16条(信用失墜行為の禁止)に登場願って、「同法同条同項2号に定められた信頼関係の構築には至っていないうえに、A社代表取締役Bと特定社労士甲の会話が仮に社交辞令であったとしても、Bの立場や世間の眼からみて、甲がCの代理業務を受任すれば。社労士の公正、誠実、信用、品位を害するおそれがあるので、受任すべきではない。」とするのが、出題者の意図した理想の特定社労士の倫理観ではないかと思うのですが・・・。

 

第2問小問(2)

 民法の代理のそれも双方代理の問題だと気づいた受験生は多かったと思います。次に、改正前と改正後の民法108条を掲げます。

******************************************************************

旧108条(自己契約及び双方代理)

 同一の法律行為については、相手方の代理人となり、又は当事者双方の代理人となることはできない。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りではない、

新108条(自己契約及び双方代理

① 同一の法律行為について、相手方の代理人として、又は当事者双方の代理人としてした行為は、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、債務の履行及び本人があらかじめ許諾した行為については、この限りではない。

② 前項本文に規定するもののほか、代理人と本人との利益が相反する行為については、代理権を有しない者がした行為とみなす。ただし、本人があらかじめ許諾した行為については、この限りではない。

 2項が新設されていることは、すぐに気づきます。問題は、改正前は「双方法代理ができない」と規定されて、一般には禁止されていると解されていました。しかし、改正後は「代理権を有しない者がした行為とみなす」(つまり無権代理とみなす)と規定の仕方が変わっていることです。双方代理をしたときの効果は無権代理だと判例で決まっていたので、実質的に内容が変わったわけではありません。さらに、本問では、労働者Eが事実関係を理解したうえで、特定社労士甲にD社の代理人にもなることを勧めている(許諾している)ので、民法108条を引用して「双方代理は禁止されているから受任できない」とやったら、大間違いということになります。だったら、受任できるのか?

 またまた、気持ちが悪いというか、違和感のある結論になりますよね。そこで考えました。特定社労士乙は、社労士法2条3項に基づいてEの代理人となって調停を申し立てていて、その期間中に相手方D社と和解交渉を合法的にしています。ところが、今、D社が申し込んできたのは、単なる和解交渉(法律行為)の代理人業務であって、社労士法2条3項で特定社労士に許された業務ではありません。問題文をよく読んでください。D社はこの調停の代理人になって欲しいと申し込んで来たのではありません。もしそうだとしたら、社労士法22条2項1号に抵触して受任できません。だから、直接の和解交渉の双方代理を提案したのだと思います。

 結論を書きます。本問で、両当事者の意向として、特定社労士乙が、民法上双方代理が許されるとしても、特定社労士乙がD社の和解交渉のための代理人を受任する行為は、弁護士法72条(非弁護士の法律事務の取扱い等の禁止)に触れる。したがって、特定社労士乙は、D社の代理人となることはできない。

 この問題のコアとなる論点が、双方代理ではなく非弁行為だと気付いた受験生は少なかったと推測します。問題文を読むときに、ついつい目の前の事実に引き付けられてしまうのですが、一歩後ろに下がって、視野を広げて俯瞰的に見てみると、設問の本質というか、出題者の意図が見えてくるのかなと思います。

 今回は、2問とも難問でしたね。しかし、最近続いた会社法の実務的な知識がないと解けないような問題ではなく、法律の条文の正確な解釈を理解し、事実に適切にあてはめる(事実を適切に評価する)能力があるかどうかを確かめる良問だったと思います。でも、新しいタイプの出題で、過去問の勉強だけをして来た受験生(ほとんどそうだと思いますが)に取っては、相当難しかったのではないでしょうか。

 以上は、あくまでも私の現時点での個人的見解であり、最終的には、来年3月の合格発表の時に公表される「出題の趣旨」を見てみないと何とも言えないとは思います。

 今週は忙しいので、第1問は来週解きます。遅くとも、12月10日(日)までには、ブログに記事をアップします。いやあ、連合会がこんなに早く問題を公表するとは、まったく予想していませんでした。

 

なんだかよく分かりません

塾生と反省会をしていて、やはり問題文を読まずに回答するのは無理だと思いました。根掘り葉掘り出題内容を聴いていくうちに、話があっちへ行ったりこっちへ行ったりして、結局、どういう解答が良いのか判断しかねるという結論になりました。民法の論点が出題されると難易度があがるので、例年並みのボーダーラインと合格率にするためには、かなり採点基準を甘くしないといけないと推測しています。だから、できが悪かったと思う人も諦めずに、来年3月の合格発表を待ちましょう。ブログは年内は休みます。

 

連合会のWebsiteに第19回の問題文が載っていることに、27日21:00頃気づきました。

錯誤と改正後の双方代理でしたか

第1問は、錯誤が出たみたいですね。私の警告に従って第14回の過去問題を見直した受験生には、有利でしたね。

第2問小問2は、民法の双方代理の条文が改正されて、双方代理が禁止ではなくなっているから、理由を双方代理即禁止と書いたら、解答として不十分、つまり、双方代理の効果は無権代理だから云々とか、受任できない他の理由を書かなければならないところまで、気付いた人は凄いなと思います。書き方に一工夫が要ると思います。だいたい、簡単に解けたと思うときは、罠に落ちています。その時、何かおかしいぞ、ともう一つ突っ込んで考えられたら、高得点になると思います。

私は、問題文を読んでいないので、受けた質問に思い付きで答えただけですから、正しさの保証はしかねます。