TokuteiJuku’s blog

特定社労士試験の勉強と受験

第11回(平成27年)第1問の論点(その2:派生する論点)

 前回、疑問が湧いた① 債務不履行損害賠償請求(未払い賃金を支払え、とは異質)ができるとはどういう意味か?と② 特定社会保険労務士試験第1問小問(1)で毎回問われる「求めるあっせんの趣旨」の回答で、例えば、不当な解雇期間中の未払い賃金を請求するために「Y社はXに対し、令和○年☓月△日以降、毎月25日限り、金30万円を支払え。」と回答するのだが、この毎月の未払い賃金を請求する権利は、法律のどの条文に基づいているのか?の2つについて、書きます。

 ①は上述の民法第415条~417条が根拠になる訳ですが、少し補足します。まず、民法の条文は次のとおりです。

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 (債務不履行による損害賠償)

第415条① 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

② 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは債務の履行に代わる損害賠償をすることができる。

 一 債務の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

 (損害賠償の範囲)

第416条① 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常すべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

 ② 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者はその賠償を請求することができる。

 (損害賠償の方法)

第417条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

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 次に、潮見佳男著「民法(全)」有斐閣2017年6月初版P263から該当箇所を引用します。

 『Ⅱ 損害賠償の効果

  1 差額説

  債務者が債務の本旨に従った履行をせず、このことにつき債務者が免責されない場合には、債権者は、債務者に対し、債務不履行を理由として損害賠償を請求することができる。ここでの損害賠償の内容は、通説によれば、差額説と呼ばれる考え方によって確定される。差額説とは、「債務不履行がなければ債権者が置かれたであろう状態と、債務不履行があったために債権者が置かれている状態との差を金額であらわしたもの」が損害であるとする立場である。2つの状態の差をとらえるとともに、その差を金額面での差と捉える点に特徴がある。

  差額説は、差額の計算の仕方として、債権者の損害を財産的損害と非財産的損害(慰謝料など)に分け、財産的損害については、さらに、積極的損害(財産の積極的な減少)と消極的損害(増加するはずであった財産が増加しなかったこと。逸失利益とか、得べかりし利益ともいわれる)に分け、そのうえで、個別の損害項目ごとに金額を算出して積算するという方法を採用している(個別損害項目積上げ方式)。』

 私が下線を引いた部分がこの疑問の核心部分です。つまり、債務不履行があった後の状態と債務不履行がなく適正に債務が履行された状態との差を埋めるための金銭を請求できる(支払ってもらえる)制度である」ということです。なお、損害賠償の種類としては、①遅延賠償、②填補賠償、③保護義務違反を理由とする賠償などがあります。①と②は法律学小辞典5に載っていますが、③は載っていないので、上述の「民法(全)」から説明を次に引用します(P264)。ずっと後で説明する安全配慮義務違反はこれに含まれます。

 『(3) 保護義務違反を理由とする損害賠償  債権者の生命・身体・財産などの保護を目的とした契約上の義務に対する違反を理由とする損害の賠償が問題になる場合には、その義務を債務者に課すことによって保護されようとしていた利益(生命・身体・財産など)が侵害されたことにより、債権者に生じた損害が賠償される。』

 次に、② 特定社会保険労務士試験第1問小問(1)で毎回問われる「求めるあっせんの趣旨」の回答で、例えば、不当な解雇期間中の未払い賃金を請求するために「Y社はXに対し、令和○年☓月△日以降、毎月25日限り、金30万円を支払え。」と回答するのだが、この毎月の未払い賃金を請求する権利は、法律のどの条文に基づいているのか?ですが、労働法の基本書に書かれている説明を、5月6日付けの記事「第2回第1問小問(1)の解き方(その1)」から一部を引用して示します。

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 ということで、後日述べると書いておいた②(未払い賃金などの)給付請求部分について説明します。

 そもそも、(解雇無効の可能性のある)合理的な理由なく解雇された労働者が、当該解雇が無効であるという判決等を得て職場復帰等する場合に、解雇されてから解雇無効判決等を得るまでの間の賃金は請求出来るのかが問題となります。菅野本P803-805(9)解雇期間中の賃金にその説明が書かれています。安西本には、このことについての記載がないので、菅野本のP803-804の一部を抜粋して、次に書きます。

 

『・・・、解雇されてから無効判決を得るまでの間の賃金は、その間の労働契約関係が存続していたものとして、双務契約における一方債務の履行不能の場合の反対給付請求権(民法536条)の問題として処理される。すなわち、客観的に合理的理由のない(または相当性のない)解雇を行った使用者には、解雇による就労者の就労不能につき原則として「責めに帰すべき事由」ありとなるので、労働者は解雇期間中の賃金請求権を失わない(同条2項)。しかし例外としてたとえば、・・・(略)。

解雇期間中の賃金請求権が肯定される場合には、その額は、当該労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額となる。これは、基本給、諸手当、一時金などにわたるが、通勤手当のように実費補償的なものや、残業手当のように現実に従事して初めて請求権が発生するものなどは除外される。』

 

 菅野本には、出勤率・出来高・査定や昇給・昇格の扱い、他の事業所で働いて得た賃金等の取扱いなどについても書かれているので、菅野本をお持ちの方は、該当箇所を読んでおいてください。

 「解雇無効なのだから、その間の未払い賃金は、支払って貰えて当然だ」と感情的にならず冷静に、しかも固定された金額ではない勤務状況に応じて決められる報酬(例えば、ボーナス)については客観的に、法律構成を考えましょうということです。

最近は、余りこの②の部分でややこしい出題はないのですが(過去にはあります。)、近い将来、上述のような変化球の出題がされることも考えられるので、賃金請求の部分について、しっかり準備をしておきましょう(上述のように地位確認請求の部分の準備も怠らず。)。

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 民法上の論点は、もう少し基礎の部分にあります。本来、雇用が継続していたら毎月一定日に支払われたはずの定額給与が支払われていなかった(債務不履行に陥っている)のですから、雇用が継続していたら、会社には支払義務(債務)があったはずです。雇用の継続が確認されたら、当然、遡って支払ってもらえるのは、民法のどの条文に基づくのでしょうか?実は、「債務者には債務を履行(弁済)する義務がある」と規定した条文はありません。あえて言うなら、上述の菅野本からの引用の下線部分です。裏から読む?

 『解雇されてから無効判決を得るまでの間の賃金は、その間の労働契約関係が存続していたものとして、双務契約における一方債務の履行不能の場合の反対給付請求権(民法536条)の問題として処理される。』

 余りにも当たり前でそこまでの条文は作られなかったのでしょう。この点については、これだけでは分りにくいので)前回引用した潮見教授の民法(全)P257から一部を次に引用します。

 

 『Ⅰ 履行請求権

 債権者は、債務者に対して、給付を請求することができる。債権には、給付を請求することができる権能(請求力)が内在しているからである。請求力は、債務者からの給付がないときに、履行請求権という形で具体化する。』

 私は大学時代、「物件は支配権で、債権は行為請求権だ。」と教えられました。債権は誰かに何かをしてもらう(させる)権利だと考えれば、賃金を支払う義務を負う債務者(会社)に対して、賃金債権を有する債権者(労働者)が「賃金を支払え」というのは、当たり前といえば当たり前なのですが、労働の対価としての賃金と考えると、労働してないのにもらっていいのかな?と少し気が引ける部分はあります。民法536条(特に2項)を読んでみてください。この悩みは、解消します。

 何を下らない議論をしているのか?と思われる方もいるかと推察しますが、法律の勉強とはこのように面倒くさいものだと諦めて、試験の本番までお付き合いください。

 法律学小辞典5をお持ちの方は、P489の「債務不履行」も読んでおいてください。次回は、(パワハラを含む)職場のいじめの法的責任の4つのパターンについて説明します。この問題は奥が深いので大変です(爺の嘆き)。

第11回(平成27年)第1問の論点(その1:パワハラが原因の損害賠償請求)

 第11回は、上司によるパワハラが原因で、労働者が精神的ダメージを受けて退職に追い込まれたので、退職後に、雇用主(会社)に対して当該元上司が行ったパワハラによる精神的ダメージについて損害賠償請求するという設問です。パワハラによる被害を法的に回復するという民法の問題になっているのと、令和2年4月1日から改正民法が施行されて、当時とは民法の説明に変更が生じているので、少なくとも、今、この問題を解いて理解するのは、過去問の学習のなかで一番難しいのではないかと考えています。まずは、パワハラの定義から始めます(遅延損害金の話は、小問(1)のところで書きます。)。

 2012(平成24)年1月、厚生労働省「職場のいじめ・いやがらせ問題に関する円卓会議のワーキング・グループ」が『職場のパワハラとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(上司から部下に行われるものだけでなく先輩・後輩間や同僚、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛与えるまたは職場環境を悪化させる行為をいう。』と定義しています。

 欧米におけるパワハラのとらえ方は、水谷英夫著『職場のいじめ-「パワハラ」-と法』信山社2006年12月第1版という本に詳しく書かれています。職場のパワハラは欧米でも同じように問題になっていますが、日本とは違った状況と受け止め方のようですから、次に少しだけ紹介します(同書P76)。

 

『(1)職場の「いじめ」対策はどのように始まったか-レイマンの研究-Mobbing』中には、「職場においては、従来から殺人・強姦等の身体的暴力が広範に蔓延していることは知られていたが、近年、このような身体的暴力に加えて、セクハラ、いじめ、いやがらせ等、精神的、心理的な暴力が蔓延するようになっていることが認識されるようになってきた。

 それにつれて各国では職場における精神的暴力を中心とした「いじめ」対策は、このような精神的・心理的暴力に対する研究・対策が強化されるようになってきたことが大きな特徴といえるのである。そのような主として精神的な「いじめ」等の行為は、欧米諸国では今日一般に、ブリング(bullying)、モビング(mobbing)、モラル・ハラスメント(moral harassment=harcelement moral)等と呼ばれている(8)(以下、省略しますが注(8)を引用します。)。

(8) このような現象につき、わが国では「パワー・ハラスメント」と呼ばれるようになってきているが、これはクオレ・シー・キューブのスタッフ達が考えた造語であり、2002年秋マスコミでとりあげられるようになってからわが国で急速に広がったいわば「和製英語」である(以下省略)。』

 

 一応、パワハラの定義を書いてみましたが、パワハラ(セクハラ、モラハラアカハラ、マタハラ等も同様)が原因の損害賠償請求の問題を解くのに、このようなパワハラの定義を覚えておく必要はありません。なぜなら、申請人(部下)の主張が通るか、通らないかは、相手方(上司)の行為がこの定義に当てはまるかどうかではなく、もっと別の論点(の要件)で決まりますから。よって、はじめに、あまり法律論としては正確ではないですが、ザックリとしたお話をします。

 上司によるパワハラ(例、暴力、罵倒等のいじめ)があって、部下に損害(肉体的傷害、精神的傷害等)が発生したので、上司に対して損害賠償請求する(例、治療費10万円を支払え。)ことは、なぜ出来るのでしょうか?法律学小辞典5 P846には、『損害賠償 Ⅰ 民法 1 意義 債務不履行不法行為などの一定の事由に基づいて損害が生じた場合に、その損害を補填して損害がなかったのと同じ状態にすること。』と書かれています。次に、債務不履行不法行為民法の条文を書きます。

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 債務不履行による損害賠償)

第415条① 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

② 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは債務の履行に代わる損害賠償をすることができる。

 一 債務の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

 (損害賠償の範囲)

第416条① 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常すべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

 ② 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者はその賠償を請求することができる。

 (損害賠償の方法)

第417条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

不法行為による損害賠償)

第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(注)法律学小辞典5P846「損害賠償」中に『因果関係のある損害のうち、どこまでの損害が賠償されるかという問題については、民法債務不履行についてだけ規定しており[民416]、不法行為については規定しないが、通説・判例不法行為についても民法416条を基準として定めるのが妥当であると解している。』と書かれている。

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 わざわざ、民法の条文を列挙して、何を言いたかったかというと、「パワハラで損害を受けた、だから加害者に損害賠償金を請求できる(治療費等の賠償金を支払ってもらえる)」という普通の人の感覚(考え方)では、裁判所に訴えて、損害賠償金を支払うように命じる判決を得ることはできない、(そうではなくて)損害賠償請求のできる具体的な法律の条文(に書かれた要件)に当てはまる事実が存在すること(当該パワハラ行為が債務不履行不法行為に該当する)を主張・立証しなければならないと言うことです。

 上述の水谷英夫弁護士の本では、パワハラ、セクハラ、モラハラ、マタハラ、アカハラなどは、それらの現象が現れる場面や加害者と被害者の関係性による呼び方の違いであって、キーワードは「いじめ」であると書かれています。以下、また、少し同書から引用します(P8-「今日世界的な現象となっている-「いじめ」の一部)。

 

 『「いじめ」は、今日世界的に共通する現象となっている。わが国では、1980年代以降、学校における「いじめ」が大きな社会問題としてクローズアップされるようになり、また90年代以降、不況や雇用構造の変化に伴うリストラなどを背景として、職場内における「いじめ」がジャーナリズムなどで取り上げられるようになり、近年では「パワハラ」、「いびり」、「スピッティング」、「モラハラ」等さまざまな表現で語られる現象が生じてきている。

 とりわけ近年わが国では、毎年3万数千人にも達する自殺者が発生する中で、その相当数がリストラに伴い職を失ったり、住宅ローン等の多重債務を抱えた中高年の労働者で占められており、また各地の労働相談所にも退職・解雇や労働条件の切り下げ等の相談と並んで、セクハラ、いやがらせ等職場における「いじめ」が上位にランクされるようになってきている。』

 

 繰り返しになりますが、何らかのパワハラの定義(の要件)に当てはまる事実があったことを主張・立証するのではなく、債務不履行不法行為の条文に当てはまる事実を主張・立証して、はじめて加害者に損害賠償請求出来る(裁判所が認めてくれる)と言うことです。

 ですから、本問を解くためには、損害賠償請求のできる要件とそれに当てはめるべき事実は何か?を知る必要がある訳です。まずは、上述の条文を心に留めながら、いわゆるパワハラ問題の全体像を、次に掲げる基本書の該当部分を読んで、把握してください。次回以降に、それをベースに、もう少し掘り下げた解説をします。

 パワハラについては、菅野本P257-262「3.パワーハラスメント」か、安西本P134-145「いわゆるパワー・ハラスメントをめぐる問題」のいずれかを読んで、まず労働法上の問題点をざっと理解してください。菅野本P258に、2012年1月にとりまとめられた「職場のいじめ-嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループの報告」の中に、『企業の防止の取組みとしては、トップによるメッセージ、ルールの策定、実態の把握、教育、周知などを、解決の取組みとしては、相談や解決の場の設置、再発防止研修などを推奨している。』と記載されていると書かれていますが、この部分は第1問の小問の事実を拾い上げるときの基準に使えますから、ぜひ覚えておいてください。

 

 それでは、ここで、厚生労働省雇用環境・均等室が平成30年10月17日付けで作成した「パワーハラスメントの定義について」という資料を作成・公表しているので、それを読んでください。抽象的な概念の整理と具体的な事例(判決例)の整理がなされています。ここまで勉強してきた方には、この資料も読み易いと思います。↓

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf

 

 上記資料に関連して、厚生労働省Websiteに「労働施策基本方針」(平成30年12月28日閣議決定)と「職場におけるハラスメント関係指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)が載っていますので、これらも読んでおいてください。令和2年6月1日から大企業に、令和4年4月1日から中小事業主に、職場のパワハラ対策が義務化されます。

前者はここです。↓

https://www.mhlw.go.jp/content/11602000/000465362.pdf

後者はここです。↓

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/harassment_sisin_baltusui.pdf

 

 第16回(令和2年度)第1問(労働紛争事例問題)にもパワハラの論点が含まれていましたが、この第11回第1問のように、正面からパワハラ不法行為→会社への損害賠償請求という形ではありませんでした。しかし、平成30年に「雇用対策法」が改正されて「労働施策総合推進法」が施行され、上述のように厚生労働省のこの問題への関心が高いことが推測出来るので、そろそろパワハラを正面から取り扱った問題が出されても不思議ではないと思う、今日、この頃です。

 

 ところで、ここまで書いて来て、2つ疑問が湧きました。①債務不履行損害賠償請求(未払い賃金を支払えとは異質)ができるとはどういう意味か?と②特定社会保険労務士試験第1問小問(1)で毎回問われる「求めるあっせんの内容」の回答で、例えば、不当な解雇期間中の未払い賃金を請求するために「Y社はXに対し、令和○年☓月△日以降、毎月25日限り、金30万円を支払え。」と回答するのですが、この毎月の未払い賃金を請求する権利は、法律のどの条文に基づいているのか?の2つです。これらの2点については(後々の理解に役立つと思われるので)、次回、解説します。

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その4:補足意見)

 私は、特定社会保険労務士の仕事のために、労働者を守る立場で書かれた本をよく読みます。一方、中小企業診断士の仕事のために有名な成長企業の成功部分に注目した本もよく読みます。

 例えば、5月1日の記事に書いた横田増生著「ユニクロ潜入1年」文藝春秋と、しんぶん赤旗日曜版編集部著「追求!ブラック企業新日本出版社には、ユニクロと柳井社長のブラックぶりが事細かに書かれている訳ですが、一方、月泉博著「ユニクロ世界一をつかむ経営」日本経済新聞出版社には、戦後世界に飛び出して成功したHONDAやSONYに代わって、ユニクロが世界一の衣料SPAを目指すという柳井社長のビジョンと戦略が書かれていて、バブル経済崩壊後元気のない(ガラパゴス化して安定を求める)日本企業の中から、創業者の強烈なリーダーシップの下に成長を続ける企業が描かれていて元気づけられる部分もあります(成功ばかりではなく、失敗も書かれています。)。私は、柳井社長とユニクロを手放しで賞賛する気はありませんが、ものごとは裏表の両面から見る必要があると常々考えています。経営者が人(労働者)をどうとらえているか?労働者は企業(風土)に何を期待しているか?という点で興味深いことが書かれていたので、次に、月泉博さんの本から、引用します(P263-264)。

 『もちろん、そんな独特の社風に馴染めず、去っていく社員も少なからずいる。あえて筆者(*月泉氏)は青野(*ユニクロの幹部社員)にに、去る人と残る人の分岐点がどこにあるのか、という質問をストレートにぶつけてみた。

 「最近はきちんとユニクロの社風や考え方を説明し、入社前に店にインターンも経験してもらうので、小売業の中では離職率は低い方だと思う」と前置きした上で青野は、「辞める人は大きく2つのパターンに分かれる」という。

 一つは「他にやりたいことがある人」(青野)。そしてもう一つは、「ここでいい人」(同)だ。前者はよく分るが、後者はどういうことか。さらに彼の話を聞いてみよう。

 「”ここでいい”とは、ほどほどに仕事をして「こんなもんでいいだろう」と前向きな意欲を持たず、会社に安住の地を求めること。そういう人は、もちろん辞めさせられることはないが、自然と居づらくなるかもしれない。この会社にいる以上は、常に個人も成長を求められるからだ。理想は、自分と会社の成長に喜びを覚え、逆にそういう状態を安住の地にできる人」(青野)  ・・・・・(中略)・・・・・

 いみじくも彼(*柳井社長)は「成功は一日で捨て去れ』(*柳井社長の著書)の中でこう言っている「事業というのは、1つの考え方に基づき集まった人々が、それを実現するために仕事をしている(行動を起こす)、という点で宗教に似ている」と。

 言い換えれば、そんな”ユニクロ教”の先例を受け、喜んで帰依できるか否かに、真の分岐点があるということかもしれない。』。余談ながら、昔の松下(現パナソニック)では、毎朝、朝礼があって、社歌を歌ったりしていたそうです。

 簡単に言ってしまえば、「労働者がその企業に求めるものと企業が労働者に期待するものにズレ(ギャップ)があるなら、さっさと労働者はその企業を辞めて、別の企業に転職するか、起業すれば良い。」ということなのでしょうが、そんなに力(能力、体力、精神力等)のある労働者は少数派だから、結局、当該企業に勤務を続けざるを得ず、働き過ぎやストレス過剰で、壊れていくのでしょう。ただ、次に述べるamazonユニクロが決定的に違うのは、amazonアングロサクソン流の合理主義と現実主義が貫徹しているのに、ユニクロはいかにも日本的で人間の集団としての企業という見方がまだ残っている点です。

 次にamazonの話をします。これも以前紹介した、横田増生著「潜入ルポamazon帝国」小学館には、日本のamazonの配送センターにおける過酷な労働の実態が克明に記されています。一方、成毛眞著「世界最先端の戦略がわかるamazonダイヤモンド社には、ジェフ・ベゾスCEO率いるamazonGAFA(+M)の一角を占めるようになったグローバル戦略と2018年の状況(amazon effect)が詳細に書かれています。amazonの場合、人間(労働者)を搾取して利益を上げるというより、そもそも人間(労働者)の存在を前提としないビジネス・モデルを追求しているような印象を受けました。配送センターの自動倉庫管理・配送システムの末端で働いている非正規労働者は、(極端に言えば)ロボットの代替に過ぎず、人間(労働者)なしでビジネスをやっていけるならそうしたいという思想があるのかなと思います。例えば、「潜入ルポamazon帝国」で報告されている配送センター(倉庫)におけるブルーカラー労働者の過酷な労働実態についても、次に「世界最先端の戦略がわかるamazon」から引用する記事(P251-252)の内容から、改善と言うより仕事そのものがほとんどなくなっているのではないかと推測しています。

 『KIVA(*配送センター自動化ロボット)の導入以前は人間がピックアップをしていたのだが、倉庫が広すぎて、もう人間では追いつかなくなった。従業員の1日の移動距離は32kmだった。

 KIVAは、掃除ロボットの「ルンバ」に似た、オレンジ色の機械で、棚の並ぶ倉庫内を人間に代わって動き回り、棚の下に入り込み、商品を棚ごと回収して、持ち場にいる従業員のところまで届けてくれる。

 KIVAを導入することで、以前だとピッカーと呼ばれる従業員がピッキング作業用のカートを何時間も押していた作業が、数分で完了できるようになった。世界中で10万台が稼働しているとみられ、日本でも神奈川県川崎市の物流倉庫に導入されている(2018年9月に、大阪府茨木市に2拠点目になる倉庫を開設し、導入する)。

 ちなみにアマゾンがKIVAを使うのには別の理由もある。』(この理由も倉庫管理の観点からは非常に興味深いのですが、本ブログのテーマからかけ離れているので、以下省略します。)

 本書全体の印象は、やっぱりグローバルなプラットフォーマーは、話のスケールが違うと言うことです(ユニクロの比ではない。)。Uberのように、人間(労働者)を使って金儲けをしたいが、報酬は出来るだけ安く、社会保険料等は負担せず、使用者としての責任も負わないという、労働者保護法制の脱法行為の意図が見え隠れするビジネス・モデルとは全く違うものであると考えています。だから、amazonに向かって、「労働者を人間扱いしろ」と叫んでみても、馬耳東風(馬の耳に念仏)なのでしょう。面倒臭い人間(労働者)を使うビジネス・モデルより、莫大な資金力を背景に、IT、AIなどを駆使して、グローバルで距離や時間を超えるビジネス・モデルの方が勝ち残りそうに思う、今日、この頃です(以上、あくまで個人の見解です。)。

 「世界最先端の戦略がわかるamazon」の最後に、ジェフ・ベゾスパワハラ経営者であることについて書かれている(「ジェフ・ベゾス果てなき野望」日経BP社からの引用部分)のでここに記します。

 『部下には長時間労働や、週末の休みを返上して働くのを強いるのは当たり前。有能でなければズタボロに捨てられ、有能な人物ならもうダメというところまで働かされる。日本のブラック企業が生ぬるく見える過酷さだ。

 ちなみに、求める人材は「どのような課題を与えられても、さっと実行して大きなことをやり遂げられる人物」とか。そのような有能な人物は自ら企業してしまうのではないかと思ってしまうが。

 会議の席でベゾスの意に沿わないと当然ながら罵倒される。「オレの人生を無駄遣いするとはどういう了見だ?」と言うらしい。いちいち恐い。別のミーティングでは、「そんなに頭が悪いのなら、一週間ほど考えて少しはわかるようになってから出直してこい、との罵ったことがあった」とも。

 怒りが爆発した時はすさまじく、怒る時には感情を抑えることができなくなるため、感情を制御するために専門のコーチを雇っているとの噂もあるほどだ。』

 個人的には、いくら給料が高くても、こんな上司の下で働くのは勘弁して欲しいと思うのが(私を含む)普通の人だと思います。無能な経営者は困りものですが、有能でも癇癪持ちの経営者も困ったものです。まあ、世の中には、ベゾスに似たような経営者が(たくさんとは言いませんが)結構いるなあと(経験と人から聞いた話で)思います。このタイプの経営者に仕えたことのない人は、それだけで幸せですね(羨ましい。)。もっとも、違法行為を強要する経営者(や上司)は最悪です。さっさと逃げ出しましょう(老婆心ながら。)。

 興味の湧いた方は、(時間が許せば)上記の5冊を読み比べていただければと思います。物事を表と裏の両面から見ると、問題の実態がよく理解できるものと思います。

 ちなみに、成毛眞さんは、1980年代後半から90年代(まだInternet やWindowsが登場する前)、Microsoft(Bill Gates)がMS-DOSというOSでパソコンを普及させた(IntelMPUとセットで)時代に、日本マイクロソフトの社長をされていた方です。あの時代を知る方には、懐かしいお名前だと思います。

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その3)

 今回は、「名ばかり管理職」の問題について書きます。

もし、自分の勤める会社に、部下もいない、仕事も平社員と変わらない支店長、工場長、部長、課長など名ばかり管理職がいて、名刺に(名ばかりの)役職を記載して、安月給も気にせず機嫌良く(毎日定時退社で)働いていたとしたら、何か問題になるでしょうか?もちろん、取引先がその名刺の肩書きを信用して権限のない社員と取引をして損害を被るとかいう話は論外としても、雇用者対被用者の関係で言うと問題はないと思うのですが、いかがでしょうか?周囲から陰口をたたかれても、本人が気にしなければ(昔は、「窓際族」と呼ばれる社員も定年まで勤めていました。)。

 昔から、長時間労働をいとわずに働く有能な社員を早く管理職に出世させて、時間外手当(営業だと高額の売上歩合給も)の代わりに定額の役職手当を支給して長時間労働や精神的・肉体的負担の大きい労働をさせる(それでライバルとの競争に駆り立てる)ということは、普通に行われてきました。報酬や待遇がその労働の責任・権限・時間等に見合って、頑張ればさらに上を目指せるなら(それと、働き過ぎにならない程度なら)と労働者も頑張って働いてきたはずです。以前、書きましたが、昔は、出世したら仕事が楽になって、威張って、交際費は使い放題などの役得がありました(森繁久彌の社長シリーズ(東宝)みたい。)。

 私が大学を卒業した今から40年ぐらい前は、インターネットどころかファックスもなく(海外へはテレックス)、電話は固定電話だけで長距離電話料金は従量制で高く(国際電話はもっと)、宅配便はなくて郵便小包を郵便局に持参していました。月給は、やっと銀行振込になっていましたが、数年前までは、各会社に給与係とかいう部署があって、毎月末には、銀行から現金を運んできて従業員1人1人の給料を現金で封筒に入れて配布していました(現金払い、直接払い)し、土曜日は半ドンといって、午前中は勤務がありました(週休二日ではなかった。)。そのような時代ですから、例えば、東京や大阪に本社のある大企業の名古屋や福岡や札幌の支店には、支店長がいて(地方の工場や研究所にも同様の責任者が)、銀行に当座預金口座を持って、手形・小切手の発行や、営業・販売や売掛金の回収、仕入れや在庫の判断、経費の支払等を本社とは独立して(自らの判断で)やっていました(給料も高く様々な役得もありました。)。だから、昔の支店長、部長、研究所長、工場長などは、労働基準法が言う管理監督者に相応しかったのです。

 しかし、バブル経済崩壊後(1990年)、特にリーマン・ショック後(2009年)は、従業員を、実態の伴わない「名ばかりの管理職」にして、権限・責任・待遇(特に賃金)の伴わない労働者を、過酷な長時間労働に追い込んで、サービス残業の強要は言うに及ばず、精神疾患による休職・退職、過労死、過労自殺等を引き起こす事例が多発し、法廷闘争になることが多くなりました。もちろん、法廷闘争は弁護士が代理人となって行われますから、シリアスな案件が特定社会保険労務士に回ってくるとは思われませんが、「名ばかり管理職に対する残業手当の未払い」の事件を依頼されること(労働者と使用者のいずれからも)はあるでしょうし、特定社労士試験で出題される論点になってもおかしくはないので、よく勉強しておく必要があると思います。特に、この論点は、2008年1月28日付け東京地裁日本マクドナルド名ばかり店長判決から注目を集めるようになりました。

 東京管理職ユニオン監修「偽装管理職ポプラ社2008年4月発行P12-13「裁判の背景」には、次の記述があります。『管理職のタダ働きを正当化させてしまう根拠になっているのは、労働基準法第41条2号の文言である。ここに、「監督若しくは管理の地位にある者」には、「労働時間、休憩及び休日に関する規定」が適用されないと書かれているのだ。そして、多くの企業は、この法律をタテにして社員に残業代の支払を渋ってきた。ちょっと仕事のできる者は管理職にしてしまえば残業代を払わないで済む、というわけだ。多くの企業は、労働基準法を強引に拡大解釈することで、管理職にタダ働きを命じてきたのである。こうした企業側と、タダ働きを強要される「管理職」との闘いは、いまに始まったわけではない。実は今回のマクドナルド裁判と似たような訴訟は、1956年におきたものを皮切りにして、現在までに33件が発生している。有名なところでは「レストラン『ビュッフェ』裁判」「三栄珈啡裁判」「風月荘裁判」といった訴訟があるのだが、33件の訴訟のうち30件は、原告側が勝訴している。つまり、企業側の「第41条拡大解釈」に対しては、司法は基本的に「否」をつきつけているのである。』

 しんぶん赤旗日曜版編集部著「追求!ブラック企業新日本出版社2014年11月発行P58-60「月330時間労働も/元店長Bさん(39歳)」には、次の記述があります。『ユニクロは店長を労働基準法の「管理監督者」、いわゆる管理職にしています。そのため何時間働いても残業代を支払わなくて済むのです。「月に330時間以上の労働もざらだった」と語る元店長Bさん。「柳井さんは店長を”独立自尊の商売人”と言います。しかし、実際は本社方針に従う部分が多く、まさに”名ばかり管理職”だった」と告発します。<中略>「店長と言っても裁量権はほとんどなく、長時間労働を強いられ、給料面で管理監督者に見合う待遇が保障されていない人は到底管理監督者とはいえない」』。

 近い将来の特定社会保険労務士試験で、令和2年度能力担保研修設例2に似た問題が出題されて、まさに労働者が名ばかり管理職の扱いを受けて、未払い残業代を請求出来る(勝てる)事例が出るか、それとも実質的管理監督者として労働者が負ける事例が出るかは分りません。いずれにしても、どのような雇用契約の内容(労働条件、処遇、待遇等)および労働の実態から、「名ばかり」なのか「実質的」なのかを判断するために、たくさんの事例にあたっておく必要があると考えます。上に紹介した、2冊は、いずれも(おそらく)弁護士によって書かれていて、情緒的ではなく淡々と事実を述べた後に、法的評価を書いてあるので、試験の問題文を読む練習にもなると思います(本の後半部分に書かれている団体の主張の部分は、飛ばして読んでください。あくまで事例研究の目的の読書ですから。)。

 おまけです。月刊社労士5月号P60-61「歴史はかく語りき 故事から読みとるビジネスマネジメント」という同門冬二さんの記事に、「名目的スタッフ幹部の扱い」という項があります。こういうのを閑職と呼んでいましたが、名ばかり管理職とは、呼びませんでした。高度成長期の大企業にはこのような人たちが、結構たくさんいました。面白い記事なので読んでみてください。

 余談ですが、上述のような書籍はたくさん出版されていて、労働紛争事例問題の設問になりそうな事案(判例)に関する情報は溢れています。特定社会保険労務士試験の出題者は、受験生が「これって、あの本に載っていた事例だ、ラッキー!」なんて思わないように、様々な書籍を読んで(ネットの情報も)、既存の事例をいかに避けながら、特定社会保険労務士に身に付けて欲しい知識やその運用能力を試す良問を作るかに腐心されていることと推察します。逆に言うと、(出題者との知恵比べかも知れませんが)実際の事例とその分析をたくさん読んでおくと、本番で役立つのではないかと思う、今日、この頃です。

 

 

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その2)

 前回の続きです。まず、②固定残業手当(割増賃金を含めた定額賃金)の適法性について検討を進めます。その後で、名ばかり管理職問題に関する情報提供をします。

 本設例2では、B社側の反論として、工場長手当には、元々、固定残業代分が含まれている(手当全額が固定残業代相当額とまでは言わない)ので、請求されている満額(時間外手当(6,436,650円)に遅延損害金(14.6%)を加えて)を支払う必要はない(一部は支払い済み)という反論が答弁書で展開されることになります。

 全体像を理解するために、菅野本はP523-524「一定限度の時間外労働に対する割増賃金を含めた定額賃金の適法要件」を、安西本はP307-312「二十一 時間外割増賃金(固定残業手当等)を含めた賃金は有効か」とP635-637「9 管理監督者に対する深夜業割増賃金の問題」を読んでください。

 そもそも、固定残業代制が適法なのか?という論点があります。同制度が適法とした場合、(1)想定された残業時間数内の時間外労働ならその手当の支給をもって時間外割増賃金が支給されたとみなして別途時間外割増賃金の請求はできないのか?(2)想定された残業時間数を超えても一切時間外割増賃金を支払わなくても構わないか?(3)それとも実際に働いた時間外労働に見合う時間外割増賃金が固定残業代を超えたら超過分を支払う必要があるか?の3つの疑問((2)と(3)は裏表ですが)が湧きます(これがまた論点になります。)。

 安西本P307には、「この点について判例は、「労使間で、時間外・深夜割増賃金を定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法37条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足部分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。」(平11.7.19高松高裁判決、平11.12.14最高裁三小決定、徳島南海タクシー事件)」と記載されています。少し空けて、安西本P307-308には、「予定割増賃金分が明確に区分されて合意された旨の主張立証も、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては、被告の主張はいずれにしても採用の限りではない。」(昭62.1.30東京地裁判決、昭63.7.14最高裁一小判決、小里機材事件)とされている。」とも記載されています。

 安西本P631-635に「8 [管理監督者性を否定された場合の役職手当等は割増賃金に充当できるか]という項があります。そこには、『従業員について、それまで時間外や休日労働の対価的な意味も含めて役職手当等が支払われているときその取扱いが問題となる。この点については、役職手当等に時間外労働手当相当分が含まれていることが明白であり、それが区分可能である必要がある。そのような場合でなければ、「地位の昇進に伴う役職手当の増額は、通常は職責の増大によるものであって、昇進によって管理監督者に該当することになるような場合でない限り、時間外勤務に対する割増賃金の趣旨を含むものではないというべきである。仮に、被告としては、右役職手当に時間外勤務手当を含める趣旨であったとしても、そのうちの時間外勤務手当相当部分または割増賃金相当部分を区別する基準は何ら明らかにされておらず、そのような割増賃金の支給方法は、法所定の額が支給されているか否かの判定を不能にするものであって許されるものではない。そうすると、原告には時間外勤務手当に相当する手当が実質的にも支給されていたとは認められない。」(平11.6.25大阪地裁判決、関西事務センター)といったように、地位、職務、権限、責任といったものの対価としての賃金と認められることになってしまう。』と記載されていて、引き続いて使用者側の対策案が示されていますが、省略します(興味のある方は、安西本で直接調べてください。)。少なくとも、本設例2では安西本の提案する対策は取られていませんでした。

 付随する論点として、安西本P635-637には、「9 [管理監督者に対する深夜業割増賃金の問題]」が記載されています。社労士の読者は、管理監督者であっても深夜業の割増賃金を支払わなければならないことはご存じだと思います。役職手当等に深夜業の時間外割増賃金を含めていると解釈できるかどうかという論点については、上述の通常の時間外手当と考え方は同じです。詳しくは、安西本をお読みください。他の細かな論点についても書かれています。

 菅野本のP524には、労働者による割増賃金の(事前)放棄の要件2つに係る判決を紹介した後、「一定限度までの時間外労働に対する割増賃金を基本賃金に含めてしまう固定残業代制が労基法(37条)に適合するには、ⓐ基本賃金の中で通常の労働時間分の賃金部分と割増賃金の部分とが区別できるように仕分けをし(本設例では、この部分が非常にあやふやです。)、ⓑその割増賃金の部分が、何時間分の時間外労働(および深夜労働)をカバーするのか(同条所定の割増賃金の額を市玉わらにことが必要)を明示することが必要であり、かつ、ⓒそのカバーする時間分を超える時間外労働には、別途、割増賃金(同条所定の額以上のもの)を支払うことが必要である。」と記載してあります。また、菅野本P524の欄外には、「東京高判平30.10.4―イヌクーザ事件」が紹介されていますが、過労死認定基準の月80時間の時間外労働を常態化させるような固定残業制は、公序良俗違反で無効としたことに驚きました。試験で、こんな論点が隠されていたら、ほとんど誰も気付かないのではないでしょうか。

 以上、色々と検討してきましたが、これらは、そもそも、固定残業代に時間外割増賃金が含まれていると主張するには、事前に労使間にその旨の合意があったことが前提で、後出しジャンケンのように使用者が、「毎月定額で支払っていたあの手当には、残業代何時間分が含まれていた」と言っても、認められませんよと言っています(加えて、その合意の内容が大きなポイントです。)。昨年の能力担保研修を受けられた方は、ここまで読んだら、設例2では、工場長手当には固定残業代が含まれていたから申請人甲の請求額から差し引けると主張(反論)することは、入り口でムリだったと気付いたはずです。きちんと、法律を勉強した人のいるグループなら、②の主張を前面に押し出した答弁書を書くことはなかったと思います。いくら、過去の両当事者の会話や支払い名目を分析し、時間数や金額を精緻に計算してみても、あっせんの場で申請人甲の代理人に入り口の議論で全否定されて、下手をすると請求額満額を認めさせられるという惨めな結果を招くことになるので、法律の勉強をしっかりしましょうというのが、受験生と合格者への切なる願いです。もちろん、事実を検討して、当方が明らかに弱いときは、屁理屈でもなんでも良いから、とにかく書くという努力は避けては通れませんが。長くなって来ました。次回は「名ばかり管理職」の問題について解説します。

 

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その1)

 第11回第1問の前に、以前予告しました、「名ばかり管理職」と「固定残業代」の論点がミックスされた第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説をします。まずは設例の全体像をザックリ説明してから、2つの論点の検討の仕方(説き方)を説明します。昨年の教材をお持ちの方は、一度読んでみてください。

 

<設例の概要>

 申請人甲が、過去に勤務していた相手方B社に対して、「B社勤務時代に名ばかり管理職扱いを受けて未払いとなっている時間外手当(6,436,650円)に遅延損害金(14.6%)を加えて支払うこと」を内容として、あっせんを請求しました(辞めた社員が可愛がってくれた社長に恩を仇で返す、みたいなストーリーですが、法律問題とは関係しない部分は省きます。)。

 課題としては、甲が提出した申請書に対する相手方B社からの答弁書を書きなさいというものです。相手方B社としては、①甲を工場長に任命し、役員待遇で処遇(権限と待遇)していたので、実質的な管理監督者であって、時間外手当は発生しないと反論するか、②甲に対して支払われていた工場長手当は固定残業代であり、甲がB社工場長時代に働いた時間外労働の割増賃金の一部(大半)は、工場長手当で支払われており、時間外手当の未払い金額は○○円にすぎないと反論するか、のいずれかを答弁書で主張(反論)することになります。もし、これが民事訴訟なら、①と②の両方を並列して主張すると、①で負けることを認めることになるので、①か②のいずれかを選択する必要があります。しかし、これは互譲を前提とする「あっせんの答弁書」ですから、メインの主張を①として、①が認められなかった場合に備えて「予備的に②を主張する」と書いて、和解の落としどころ(○○円なら解決金として支払う気がある)を申請人甲側に示すという高等な戦術もあり得ると考えます(教官弁護士に賛成してもらいました。)。

 答弁書の内容としては、①ならば、甲工場長は実態として管理監督者であったという事実を主張・立証することになり、②ならば、工場長手当が固定残業代であったと甲が認識していたことを主張・立証することになります。集合研修のときは、まず、①で行くか②で行くかを選択する必要に迫られました。私は、この設例の内容ならば、甲工場長は実質的な管理監督者で主張が認められると判断し、同じグループのメンバーも同意したので、①で答弁書を書きました。②で答弁書を書いたグループもありましたが、教官弁護士の意見も①で8割の勝ち目だと言っていました。ちなみに、我がグループは、上述の予備的請求として②も書いておきました。よって、メチャメチャ量が多くなりました。ここまで書いたグループは、同じ部屋には、我々以外にはいませんでした。

 

 それでは、まず、①名ばかり管理職偽装管理職)の論点について、勉強を進めましょう。菅野本はP491-495「4.労働時間・休憩・休日原則の適用除外」を、安西本はP610-636「十八 時間外、休日労働の適用除外者(管理監督者等)をめぐって」を読んでください。

 労働基準法上(41条)、管理監督者が労働時間管理の対象から除外されるので、時間外割増賃金を支払わなくて構わないということは、皆さんご存じのとおりです。そこで、管理監督者の定義に申請人甲が当てはまるのか?が問題となります。この論点を解くには、管理監督者の定義(当てはまるための要件)が必要です。

 菅野本P491には、「事業主に代わって労務管理を行う地位にあり、労働者の労働時間を決定し、労働時間に従った労働者の作業を監督する者である。このような者は、労働者の労働時間の管理・監督権限の帰結として、自らの労働時間は自らで律することができ、かつ管理監督者の地位に応じた高い待遇を受けるので、労働時間の規制を適用するのが適当とされたと考えられる。」と書かれています。

 行政解釈(昭22.9.13発基17号、昭63.6.14基発150号)は、厚生労働省労働基準局編「労働基準法解釈総覧 [改定5版]」労働調査会発行に全文が載っています。P468から一部抜粋します。

「【監督又は管理の地位にある者の範囲】 法第四十一条第二号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。具体的な判断にあたっては、下記の考え方によられたい。記以下略。」

 

(注)単に長時間労働を強いられていたということだけでは、管理監督者性を不定する   要素にはならないという点を、覚えておいてください。もちろん、名ばかりの管理監督者にされることによって、サービス残業を強いられたり、過労死に追い込まれたりすることは多々ありますが、長時間労働や過重労そのものが管理監督者性の判断要素にはならないということ(ここでの論点ではない)を、しっかり理解しておいてください。

 

 私が下線を引いた箇所が、この問題(申請人甲は管理監督者だったか?)を解くポイントになります。この実態に即した判断をするための具体的判断基準を探して来て、それに本設例で提供されている事実(過去問と違い、能力担保研修の設例では証拠が提示されます。)を当てはめて、結論を導くというのが、いつも使う法的三段論法になる訳です。

 例えば、安西本P612には、「(3)実態に基づく判断 一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という)と、経験、能力等に基づく格付(以下「資格」という)とによって人事管理が行われている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。」と書かれています。実際に職能資格制度を採用している企業で働いたり、顧問先をたくさん持って様々な企業の人事制度を見てきた人には、この「職位」と「資格」の違いを理解することは容易かもしれません。例えば、軍隊で太平洋艦隊総司令官とか南部方面総司令官とか言うのは「職位」であり、大佐とか大尉とか言うのは「資格」という説明ではどうでしょうか。最近は、組織のフラット化とか、「さん付け運動(役員・管理職を肩書きで呼ばない)」とかが流行って、名刺に「主事」、「参事」、「参与」、「主幹」、「監事」とか「専任課長」、「専任部長」とか部外者には意味の分らない役職(資格)を名刺に書いて、しかも身内ではその役職を呼ぶというのに出くわす機会は減りましたが、一部の行政機関、その外郭団体等では見かけますね(労働者の自尊心をくすぐるのでしょうか?)。ちなみに、私は、「さん付け運動」のおかげで、一度も(少なくとも社内では)役職(職位・資格)で呼ばれたことはありませんから、こういうものには興味がありません。むしろ、開業してから「先生」と呼ばれたりすると、「それ誰のこと?」と突っ込みたくなる、今日、この頃、です。

 少し話がそれますが、この呼称の問題が報酬(賃金)に関係するから、話がややこしくなります。例えば、部長なら部長手当、工場長なら工場長手当が支給されるのが普通ですが、これらは「部長」、「工場長」と言った「職位」に付いてきます。一方、「主事」、「参事」、「参与」、「社員1級」、「社員2級」等の「資格」に応じて、基本給がいくら、職能資格給がいくらとかのレンジが賃金規程で決められていて、そのレンジの中で各人の基本給や職能資格給が人事考課に基づいて決められているというのが中堅以上の企業では多いのではないのでしょうか(職務給制・年俸制は、また別の話。)。ですから、部長や工場長からはずれると、当然、部長手当や工場長手当は支給されなくなるのですが、そもそも年齢や経験を評価しての基本給や労働者の能力を評価しての職能給が、その人事異動に連れて下がると言うことは、論理的に考えてあり得ないということになります(病気やけがで労働能力が低下したなら別物)。しかし、現実の世界では、この理屈を理解していない人が多いのか、理解していても無視するのか分りませんが、職位が下がると同時に職能を引き下げて職能給を下げるという事例をよく見かけます。それが、何度か、過去問にも登場しています。この「職位」と「資格」、それらに付随する報酬(賃金)について、混乱しないように気を付けて、以下、読み進めてください。ちなみに、本設例2のB社は中小企業で、客観的な賃金制度はない(職位と資格の分離もない)のですが、創業者でワンマン経営者の頭の中のさじ加減による過去からの実績とそれらしい賃金体系のようなものはあります。

 閑話休題。B社側代理人の作成する答弁書には、申請人甲は、斯く斯く然々の要件を満たすから管理監督者でした、よって時間外割増賃金は発生しませんと記載することになります。そこで、斯く斯く然々の要件に何を使うか?と言うことになります。

 安西本P613-614では、平21.3.9東京地裁判決、東和システム事件が引用されて、次のように書かれています。「具体的には、①職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、②部下に対する労務管理上の決定権につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、③管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、③自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があること、以上の要件を満たすことを要すると介すべきである。」。本設例2で提供されている情報を勘案すると、答弁書では、これらの要件を満たす主張・立証(申請書への反論)が十分に可能だと私は判断し、そのように答弁書を作成しました。

 ところで、いきなり管理監督者性の論点を譲って(負けると判断して)、固定残業代の論点だけで戦うというのは、依頼人B社にとっても納得の行かない対応(代理人の態度としてどうか?)だと思われますし、本設例ではB社側の反論が強いという判断ができるかどうかが鍵になりますが、そのためには、この要件をきちんと定義して、提供された資料を読み込んで、要件に当てはまる事実を拾い上げられるかどうかが、答弁書の出来不出来に影響します。この作業をまじめにやっておけば、試験本番でも慌てずにじっくり設問に取り組めるので、今年、能力担保研修を受けられる方は、準備を怠らないでください。くれぐれも、肩書きだけで管理監督者性を判断したり、答弁書依頼人の感情的な部分を持ち込んだりしないことです(あくまで法律行為の代理人に試験ですから。)。事実の当てはめまでここで書いてしまうと、能力担保研修の楽しみが失われるので(設例の内容がまったく同じとは限りませんし)、今年受けられる方は、教材が送られてきたらご自分で検討してみてください。

 老婆心ながら、特定社労士試験対策としては、紛争事例問題を法的三段論法を使って解くテクニックだけではなく、それを手書きの字数制限のある記述式の答案に仕上げるテクニックも必要ですので、別途その練習も怠らないでください。どうしても、答案練習が必要ですね。

 次回は、固定残業手当の問題について書きます。その次の記事で名ばかり管理職について解説します。

 

第3回第1問小問(5)の解き方(+おまけの問題)

 小問(5)では、Y社の代理人として、Xの要求するK社への在籍出向に応じなかったことに関して、Y社の立場でどのように説明するか?と問われています。出題の趣旨は次のとおりです。

 

   〔出題の趣旨〕 本設例について、Y社の代理人の立場に立って上記の「あっせん

        手続」において、Xが要求するK社への在籍出向についてY社とし

        て応じなかった理由(Xを解雇した理由ではない。)をどう説明する

        かにつき、代理人としての説明内容を合理的に構成をして的確な説

        明としてまとめられるかを問うもの。

 

  以下、思いつくまま理由を並べてみます。

① 在籍出向では、人件費を削減して外注費にして固定費を変動費にするというY社の 運転業務外注化の目的を達成できない。

② K社と転籍ではなく在籍出向の協定を結び直す必要があり、K社がこれに応じるかどうかが分らない。

③ すでにX以外の4人の運転手は転籍に同意しており、従業員間に不平等が生じる。

④ K社において、Y社の運転業務を受託して遂行する従業員にK社の従業員とY社からの出向社員が混在し、その労働条件に違いがあるようでは、K社の労務管理に支障を来すおそれがある。

⑤ Y社によるXへの出向命令が権利濫用にならないように配慮が要る(Xが既に同意しているので、これは問題にならないので理由にならないかも知れません。)。

 あっせんの場で、相手方代理人から質問されそうな問題ですから、「これだ!」という決め手を欠くにしても、なんとなくY社の立場を理解してもらえるような理屈が要るのだと思います。上記①~⑤をミックスして(他に思いついたら足して)、250字以内の文章を考えて見てください。

 

 ここで、第3回第1問に次の小問(6)と小問(7)を追加したら、どういう回答になりますか?一度考えて見てください。回答例を下に書いておきます。

 

小問(6) 本件事案について、Y社の立場に立って、Y社の代理人として、本件「解雇」が権利の濫用ではないと主張するとした場合、その主張を基礎づける具体的主要事実の要旨(5項目)を箇条書しなさい。

小問(7) 本件事案について、Y社の立場に立って、Y社の代理人として、妥当な現実的な解決を図るとした場合、どのような提案を考えますか。400字以内で記載しなさい。

 

いずれの回答例も、5月29日付け記事「第3回第1問の論点解説(後半)を参照してください。

***************************************

小問(6)の回答例

(安西本の「有効な解雇の図式」に当てはまる事実を拾い上げて列挙します。)

① XとY社の間に乗用車の運転手としての職務限定労働契約が存在しないこと。

② XがK社への移籍を拒否したことによるXの雇用を維持するための最善の代替措置としての配転命令であったこと。

③ 配送センター倉庫係への配転は、Xの過去の経験を活かした仕事内容であり、かつ、労働条件の低下も僅少であるので、Y社による適正な配転命令権の行使の範囲内であること。

④ 就業規則に基づく普通解雇の適正な手続を履行したこと。

⑤ K社への業務移管はY社の経営上必要な経費節減策であり、業務移管に伴うK社への移籍の提案からから配送センター倉庫係への配転命令の拒否による解雇に至るまで十分に協議を尽くしたこと。

 

小問(7)の回答例

(本問の設例では勝敗の行方は不明なので、Y社の代理人としてはY社が勝てるように主張・立証したうえで、勝ち目があるという前提で落とし所を提案することになります。解雇が有効だから解雇したまま放置するというのでは(全然Y社が譲歩していないので)、和解の落とし所としては、配送センター倉庫係への配転命令に従うことを条件に復職を認めるが、将来同じことが起こらないように予防措置を講じることが出来れば、御の字だと思います。(字数制限400字には意味がありません。)

 

運転管理業務のK社への外注化を止めることおよびXをY社に在籍させたままK社に出向させることは、今となっては極めて困難であるという判断の下、次の4点を提案する。①XがY社に復職すること。②Xが配送センター倉庫係への配転命令を受け入れたうえで、Y社が従前提案した賃金額等の労働条件の低下が緩和される措置を約束すること。③Y社はXが解雇されていた期間中に未払いとなっている賃金及び賞与は遅延利息を付けて支払うこと。④今後Xは、就業規則の定めに従った人事異動等Y社の業務執行に異議なく従うこと。もし、復職を望まないのであれば、転籍を提案したときの優遇退職金等に300万円を加算して支払うので、担当業務廃止に伴う会社都合による解雇として、円満に退職すること。

 

 最後に、会社側でリストラを手がけてきた私の経験から、この第1問を振り返ってみます。昔は、大企業が役員用に社用車を保有してその運転手を正社員で雇っている例が多くありました(「釣りバカ日誌」の鈴木建設の社長車の運転手など)。でも、バブル経済崩壊後は、大企業でも経費削減、人員削減、アウトソーシングなどが当たり前に行われるようになり、本問のY社のように社用車の運行を外注化する会社が増えました。また、タクシー会社などが、その受け皿となって、元社員の運転手や自動車ごと引き取って、業務を受託すると言うことも多くありました。メーカー、商社、金融機関などで居場所のなくなった運転手さんたちは、優遇退職金をもらって、別の会社に転籍(受託会社を含む。)して社用車の運転業務を続けたり、タクシーの運転手になったり(戻ったり)しました。私自身の経験および友人などから聞いた話では、ほとんどの人が当該会社に残って違う仕事をすることよりも、運転業務を続けることを望んで、辞めるか移籍していきました。揉めるとしたら、退職金の額ぐらいですね。

 ここで、本問で気になったことを2つ書きます。

 まず、Xが在籍出向させて欲しいと要求したときに、即座にY社がこれを拒否した(検討すると言って時間を稼がなかった)のは、そもそも、自社による社用車の運行業務を廃止してアウトソーシングしようと決めた時点で(検討したはず)、(揉めごとを避けるために)自社の運転手達の在籍出向のメリット・デメリットは検討済みで、もし在籍出向を認めたら経費削減にはならないので、社内で(給料の安くなる)別の仕事をさせるか、退職金をいくらまで増額させて辞めて貰うかという選択肢が用意されていたのだと思います。労働者Xは受け身で、Y社の提案に反応(回答)していく立場(だから反射的に反応しうる)ですが、Y社は社用車運行業務のアウトソーシングによる経費節減というゴールは決まっているはずですから、なんとかしてそこに持ち込むまでのシナリオは考えていた(冷静に、理詰めで)はずです。だからこそ、Xが配送センター倉庫係への配転命令に違反したときに、突然普通解雇してしまったのが、解せないのです。私がY社の人事部長なら、配送センターへの出勤を拒否しているXを(本人が年次有給休暇を取得している期間は別にして)、例えば、就業規則の定めに従って欠勤日数が10日続いたから解雇することにします。それなら、就業規則に2回違反したことになる(Xの悪さ加減が酷い)ので、客観的に合理的な理由も社会通念上の相当性も満たして、解雇有効になる可能性が高いし、Xもこれは勝てないと観念して、配転に応じると思うのですが(もう優遇退職金を貰って転籍は手遅れでしょうから。)。

 次に、Y社が社用車の運行業務のアウトソーシングによる経費節減を実施することで、正社員の運転手の仕事を廃止して、転籍や退職を迫るには、(整理解雇の4要素のような)Y社が赤字に転落するまでの経営状態の悪化は必要ないと思います。昔は、運転手だけでなく、倉庫番、清掃係、ビルや工場の守衛さんなども正社員でした(就業規則で賃金体系や服務規律が、ホワイトカラーとは違う)が、だんだん世の中が世知辛くなって(職能資格制度、業績評価、目標管理、年俸制など人事制度が労働者に厳しくなって)、単純作業と見られる仕事は、片っ端からアウトソーシングされて行きました。一つの会社の中に、働き方や人事考課のやり方や賃金体系の全く違う社員が混在していると、労務管理がやりにくいし、ホワイトカラーの高い賃金レベルにブルーカラーの賃金レベルが引っ張られて、世間の同一職種より賃金が高くなると言うことが起こっていて、会社がこの高コストに堪えられなくなって来たということが、この種のリストラをやることの客観的に合理的な理由にならないとしたら、経営者はたまったものではありません。企業経営は営利事業であって、慈善事業ではないのですから。もちろん、社会通念上の相当性の担保のために、優遇退職金を支給したり、転職先や出向先を世話したり、社内で代替的な職場を探すという努力は要るのだと思いますし、その前提の就業規則の定めや、解雇手続や、解雇禁止事由の不該当も要ります。

 大事なことを忘れていました。話の落とし所を探すとき、小問(1)で書いた「求めるあっせんの内容(請求の趣旨)」を忘れない(和解の落としどころなので同じでなくても構わない)ことです。本問では、最初に、Xから、「雇用契約上の地位の確認と復職を求めた」はずです。だから、もしXが勝てると思うなら、Xはまず「復職」を求めるべきです。もし、XがY社のことが嫌いで辞める気なら、いきなり法外な金額の退職金(例えば、定年までの賃金全額とか)を求めることも可能ですが、本問のXの言い分の最後には、XはY社に残りたい(未練がある)ように書かれていたので、前者で行くべきでしょう。Y社としては、(大多数の受験生の印象では)負けそうなので(勝ちそうと思っても)復職を認める訳ですが、Xを会社に残せないほどの不良社員だと考えるならば、(もうK社への転籍は手遅れなので)、定年までの賃金の満額とまでは行かなくても、2~3年分の賃金の上乗せぐらいを提案して、金で片を付けることを目指すというのもあり(世間相場?)かなあと思います。

 以上、話がくどくなりましたが、本問のような比較的短い紛争事例でも、結構、奥が深くて考えることが多いなあと思う、今日、この頃です。