TokuteiJuku’s blog

特定社労士試験の勉強と受験

第6回第2問(倫理事例問題)の解説

 昨年(2021年)9月4日と9月8日の記事を一部修正して引用します。今回は追伸が長いです。

 

第6回第2問(倫理事例問題)の解き方(その1)***************

 まず、問題文は、次のとおりです。出題の趣旨は、最後に掲げておきますから、適宜参照してください。今後、一々丁寧に用語を書いて定義するのは面倒なので、特定社労士、一般社労士、特定社労士業務、一般社労士業務、お客様、依頼人などの用語は、これまでの定義のまま使いますので、悪しからずご了承ください。

<問題>***********************************

第2問 特定社会保険労務士甲は、従業員50名ほどのB株式会社に勤務していたAから、B株式会社を生産縮小に伴う配転拒否を理由に解雇されたので、復職を求めてAの代理人として都道府県労働局長に対するあっせん手続を申請して欲しいとの相談を受けた。

 以下の(1)及び(2)のそれぞれの場合について、その結論と理由を200字以内で記載しなさい。

小問(1) 甲の弟がB株式会社の常務取締役の地位に就いている場合、甲はAの依頼を受けることができますか。

小問(2) 甲はAから相談を受ける6ケ月程前に、商工会議所の無料相談会でB株式会社から就業規則の残業手当の計算方法の変更についての相談を受け、その場で指導したことがあった場合、甲はAの依頼を受けることができますか。

***************************************

 1か月も間が空くとお忘れかも知れませんが、倫理事例問題で最初にするのは、各「登場人物の立ち位置(機能)」と「登場人物同士の関係」を図に描いて、当該事例の全体像を把握することです。A、B社、甲、甲の弟(この人は直接関与していませんが)の4人の登場人物について整理すると次のとおりです(図はご自分で描いてください。)

A(配転拒否を理由にB社を解雇された。復職を求めてB社相手にあっせんを申請する。

甲にその代理人の依頼をしたい。)

B(Aを解雇した元雇用主。Aのあっせんの相手方となる。甲の弟が常務取締役である。)

(6か月前に商工会議所無料相談会で甲に自社の就業規則に関する相談に乗ってもらっ

た。)

(AからB社を相手方とするあっせんの代理人業務を依頼された。弟がB社の常務取締

役である)

(6か月前に商工会議所無料相談会でB社の就業規則に関する相談に乗った。)

甲の弟(Aが申請するあっせんの相手方B社の常務取締役である。Aからあっせんの代理

人の依頼を受けている特定社労士甲の弟)

 

 小問(1)では、甲は、自分の弟が常務取締役を務める社相手のあっせん手続きの代理人業務を受任できるか?が問われています(ここで小問(2)の条件を入れないのはもちろんです。)。

 まずは、弟のことを横において考えて見ます。B社は甲の過去の依頼人でもお客様でもありませんから、社労士法第22条2項に該当するような事実は甲とB社の間には(つまり利益相反関係も守秘義務も)一切無いことになります。とすれば、甲はAの代理人業務を受任しても構わないことになります。ここで問題は、甲の弟がB社の常務取締役の地位にあるということです。①Aと個人としての甲の弟の間に利益相反関係は存在するのか?と②その利益相反関係に甲が巻き込まれるのか(兄と弟は利害が共通するのか)という論点が考えられます。

 会社法の話から始めます。株式会社の取締役には、会社の代表権を持つ代表取締役(普通は「代表取締役社長」、「代表取締役会長」などです。)と持たない(平)取締役があり、その中間に「専務取締役」、「常務取締役」などの代表権を持つ場合と持たない場合(表見代表取締役)のある「役付取締役」があります。

(注)法律学小辞典5に「取締役」、「代表取締役」、「表見代表取締役」の用語は載っていますが、その他の用語は会社法の本を見ないと分らないですね。

 甲の弟が代表取締役・常務取締役であったなら、甲の弟はB社の代表権を持っているのでB社と利害が一致している(一体。代理人と本人の関係に類似)と考えられます。一方、甲の弟がただの常務取締役(表見代表取締役)だったら、実際に甲の弟がB社の取締役から与えられている権限(の範囲)が問題になります(例えば、人事・総務担当役員としてAの解雇を決済したとか、営業本部長でAの解雇とは無関係とか。)。会社法の問題を解いている訳ではないので分析はこのぐらいでやめておきますが、甲の弟とB社はほぼ一体(つまり、Aに敵対している、利益相反関係にある。)と考えて間違いないでしょう。

 次に、甲(兄)と弟は本事案の利害を共通にするのか?という問題です。法律的に言えば、甲とその弟は別人格であり、弟がB社の常務取締役であることは、甲によるAの代理人の受任とは無関係だと思います。よって、双方代理や社労士法第22条2項から判断すれば受任できるという結論になります。

 ここにおいて、思い出さなければならないのは、社会保険労務士の「誠実、公正、信用、品位など」の倫理に関する社労士法の条項です。甲と弟が滅茶苦茶仲の悪い兄弟で喧嘩ばかりしているなら格別(そのような関係であっても急に弟がわびを入れて、兄に助けを求めることはあり得ます。)、普通なら、弟がB社での立場に傷を付けられるかも知れない個別労働紛争申請人Aの代理人を甲が受任して、Aのために最善尽くすというのは、ちょっと考えられないと思います。仮に、甲自身はとても誠実な人で、そのような自信があったとしても、他人から見たら疑わしいですよね。とすれば、「誠実、公正、信用、品位などの点から考えて受任すべきではない」という回答になります。今まで、利益相反の回避ではなくマネージをすべきであると述べてきた私の立場からは、甲からAに事情を説明して、甲は弟がB社の常務取締役であっても、本件に関して弟と一切連絡を取らず、Aのために最善を尽くすことを約束し、Aがこれを納得のうえで、甲に代理人業務を依頼するのならば、受任しても構わないという付帯条件付きの受任をお薦めします。

 直接の設問とは違いますが、例えば、甲は弟とすごく仲が良くて、弟のB社での立場を忖度して、Aの依頼を断りたいと考えたときに、これを断って構わないのでしょうか?

 社労士法20条(依頼に応ずる義務)という条項があって、開業社労士は「正当な理由がある場合でなければ、依頼を拒んではならない。」と規定されています。とすると、「正当な理由」がないと断れないのか?「弟思いの兄だから」というのでは「正当な理由」にならないのだろうか?などと考え込んでしまいそうです。

 しかし、同条の「依頼」の後には、「(紛争解決手続代理業務を除く。)」との括弧書きが入っているので、Aからの特定社労士業務の依頼を断るのに「正当な理由」は要りません。単に、「Aが嫌いだから」とか「報酬が安い割に手間がかかりそうだ」とかいう理由でもOKということです。「社労士法20条で特定社労士業務に受任義務はない。」と覚えておいてください。逆に言うと、一般社労士業務を断るときに、この「正当な理由」がないと、社労士法20条違反になるということですから、これも覚えておいてください。

 これは老婆心ながら。Aからあっせんの代理人業務の依頼(相談)を受けた甲は、もし、(その相談の過程で)弟との関係でB社相手のあっせん申請代理人業務を断るべきと判断したら、直ぐにAに対して「自分は受任しないから、これ以上の相談には乗れない。」と言うべきです。Aから色々と秘密情報を聞き出した挙げ句に、「やっぱり受任をお断りします。」と言ったり、その後、Aから聞き出した情報を弟やB社に提供したら(B社の代理人になっていなくても)、「誠実、公正、信用、品位など」から考えて、社会保険労務士にあるまじき行為と言うことになって、社労士会から懲戒処分を受ける可能性がありますから、気を付けてください。紛争解決手続代理業務の依頼人候補者が相談にやってきたら、ます「相手方は誰か?」を聞いて、利益相反関係が生じそうだったら、その時点で断る(そのとき、断る理由をどこまで告げるかは悩ましい。)のが賢明な特定社労士の態度だと思う、今日、この頃です。過去問を検討する際には、違う角度からの質問も考えるようにしてください。そうすれば、理解が深まりますし、本番で、想定外の新問に出会っても、慌てずに対処できる自力がつくと思いますから。

 閑話休題。回答例を次に書いておきます。小問(2)は次回検討します。

 

<小問(1)回答例>

特定社労士甲は、Aの相手方となるB社との間に直接の利害関係はなく、社労士法22条

2項(業務を行い得ない事件)に該当することも民法の双方代理に該当することもない。し

かし、甲の弟のB社内での地位から考えてB社と間接的な関係がないとは言えないので、

甲がAの代理業務を公正・誠実に行えるかどうかに疑念が生じ、社労士の信用や品位を害

するおそれがあるので、甲のAに対する真摯な説明と同意がない限り、受任すべきで

はない。

 

<出題の趣旨>********************************

1)小問(1)

〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士甲として、従業員50人ほどのB株式会社に

      勤務していたAから、B社を生産縮小に伴う配転拒否を理由に解雇

      されたことにつき、B社に対し復職を求めAの代理人として都道

      県労働局長へのあっせん手続の申請を依頼された場合に、甲の弟が

      B社の常務取締役の地位に就いているとき、甲はAの依頼を受ける

      ことができるかという、申請の相手方となる会社に甲の兄弟がいる

      という場合の依頼者の利益を害するおそれ、職務の公正、社会保険

      労務士の品位と信用といった倫理を問うもの。

      〔配点〕15点

(2)小問(2)

〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士甲として、前記の事例を前提に、Aから相談

      を受ける6か月程前に、無料相談会でB社から就業規則の残業手当

      の計算方法の変更について相談を受け、指導したことがあった場合、

      甲はAの依頼を受けることができるか否かについて、6か月前に終

      了している社会保険労士法第2条1項第3号の業務を行ったことが、

      B社を申請の相手方とするAの依頼を受ける場合に、A及びB社そ

      れぞれに対する信頼関係上どう考えるべきかといった倫理を問うも

      の

     (注)下線は私が引きました。

 

第6回第2問(倫理事例問題)の解き方(その2)***************

 

 前回の続きの小問(2)を検討します。まずは、問題文です。

<問題>***********************************

第2問 特定社会保険労務士甲は、従業員50名ほどのB株式会社に勤務していたAから、B株式会社を生産縮小に伴う配転拒否を理由に解雇されたので、復職を求めてAの代理人として都道府県労働局長に対するあっせん手続を申請して欲しいとの相談を受けた。

 以下の(1)及び(2)のそれぞれの場合について、その結論と理由を200字以内で記載しなさい。

小問(1) 甲の弟がB株式会社の常務取締役の地位に就いている場合、甲はAの依頼を受けることができますか。

小問(2) 甲はAから相談を受ける6ケ月程前に、商工会議所の無料相談会でB株式会社から就業規則の残業手当の計算方法の変更についての相談を受け、その場で指導したことがあった場合、甲はAの依頼を受けることができますか。

***************************************

 前回整理した、各当事者の説明は次のとおりです。小問(2)では甲の弟の話は関係ないので省きます。

 

A(配転拒否を理由にB社を解雇された。復職を求めてB社相手にあっせんを申請する。

甲にその代理人の依頼をしたい。)

B(Aを解雇した元雇用主。Aのあっせんの相手方となる。6か月前に商工会議所無料相談会で甲に自社の就業規則に関する相談に乗ってもらった。)

(AからB社を相手方とするあっせんの代理人業務を依頼された。6か月前に商工会議所無料相談会でB社の就業規則に関する相談に乗った。)

 

 まず、甲から見てB社は何に該当するかです。「6か月程前に就業規則の残業手当の計算方法の変更についての相談を受けて指導した」というのは、過去に一般社労士業務を受任したことのある「過去のお客様」です。「過去の依頼人」ではありません。よって、社労士法第22条2項(業務を行い得ない事件)に抵触して受任できないということも、民法108条(双方代理)に該当して受任できない(正確には無権代理で効果が本人に帰属しない)ということもありません。

 先に、過去の仕事の内容からの評価(判断)をしました。次のステップですが、過去のお客様との「時間的近接性」と「報酬の有無という近接性」を考えます。

(過去問でこのようなキワドイ設例はないのですが)例えば、先週、甲は知人の紹介でB社の人事部長から就業規則に関する相談を有料で受けて報酬が来月支払われる約束になっているなどという、一般社労士業務とは言え、甲とB社との関係がかなり(時間的・金銭的に)近い場合には、現在の依頼人候補者Aから見て(客観的に見ても)、特定社労士甲の公正、誠実、信用、品位などに疑念が生じ得ます。また、B社からしても、「このように親しく?相談に乗っていただいている社会保険労務士の先生が、まさか翌週、自社を相手にあっせん申請の代理人になって現れるとは・・・」と受け止めて、裏切られたと考えるのでしょう。よって、これらの観点から、甲はAの依頼を断るべきという結論になります。

 しかし、本問では、甲とB社の間の関係は、①過去の(一般社労士業務の)お客様に過ぎない、②6か月が経過している、③(商工会議所主催の無料相談会なので)B社から甲に報酬が支払われていないという3点が挙げられているので、受任しても、Aも甲に疑いを抱かないし、B社も甲に裏切られたとは思わないだろうから、「社会保険労務士の誠実、公正、信用、品位などを害するおそれはない」ので、受任できるということになります。

 出題の趣旨に書かれているとおり、AとB社の両方が甲の態度をどう見ているか?という記載ができたかどうかが高得点のポイントだと思います。AかB社いずれかの立場から書いていても一応合格点はもらえると思うのですが、誰の立場から見ているのかよく分らない(AとB社を混同して書いてある)とかなりの減点になると思います。本問の場合、小問(1)の続きからAの視点は気付き易いのですが、B社の「裏切られた!」という感情面に気付くかというのが、勝敗の分かれ目かな?と思う、今日、この頃です。

 

<小問(2)回答例>

特定社労士甲は、Aからの代理人業務の依頼を受けることができる。なぜなら、甲がB社から相談を受けて指導した案件は、6か月前の商工会議所主催の無料相談会における、就業規則の残業手相手の計算方法の変更に関してであり、社労士法22条2項に定められた「業務を行い得ない事件」に抵触することはなく、Aから見てもB社から見ても、甲の公正さ、誠実さを疑わせることはなく、したがって、社労士の信用や品位を害するおそれもないからである。

 

(注)回答で、あえて、「双方代理」に付いて書くのは、「双方代理になるので受任すべきでない場合」だけであり、(社労士法第22条2項と違い)「双方代理にはならないから受任できる」と書く必要はないと思います。字数制限が厳しいので、書けないというのが実態でしょう。もし、空白だらけで困ったら、書くという手はありますが。

 

<出題の趣旨>********************************

(2)小問(2)

〔出題の趣旨〕 特定社会保険労務士甲として、前記の事例を前提に、Aから相談

を受ける6か月程前に、無料相談会でB社から就業規則の残業手当

の計算方法の変更について相談を受け、指導したことがあった場合、

甲はAの依頼を受けることができるか否かについて、6か月前に終

了している社会保険労士法第2条1項第3号の業務を行ったことが、

B社を申請の相手方とするAの依頼を受ける場合に、A及びB社そ

れぞれに対する信頼関係上どう考えるべきかといった倫理を問うも

(注)下線は私が引きました。

 

追伸 (集合研修を控えて)

 

 能力担保研修の集合研修を受ける人のために、その準備のやり方について書きます。使われる教材は、「特別研修 グループ研修・ゼミナール研修」(以下「本教材」という。)です。

 簡単に言ってしまえば、計3日の集合研修では、約10名のグループごとに分かれて、本教材に掲載された設例1(申請書作成)と設例2(答弁書作成)について、メンバーで協力して申請書と答弁書の答案2つを作成し、印刷物に皆でサインして、チューターの特定社労士の先生のサインもいただいて、期日までに社労士会に提出することをやります。提出期限は集合研修最終日より後に設けられていますが、全員が集まってサインをできる(特にチューター)のは、実際には集合研修最終日になりますから、実際には、集合研修最終日の夕方までに完成させると言うことになります。

 ちなみに、大阪の集合研修は、10月15日(土)、29日(土)、30日(日)となっているので、初日の10月15日の朝に、誰が答案の原稿(たたき台)を書いて(何人もで書いてきたもの摺り合わせるのは時間の無駄)、どのような手段(例、Zoom、LINE、電子メールなど)で加筆修正しながら29日(土)の朝に最終の原稿を持ち寄って、1日掛けて議論して完成させて、提出する責任者が翌(30日)朝には紙に印刷したものを複数持参して、皆のサインをもらって必要部数をコピーして、事務局に提出すると言うことになります(理想は・・・)。このとき提出した答案は、後日のゼミナール研修の際、いくつかのグループの答案と並べてコピーが配布され、同じ教室に集められた他のグループの目に触れることになりますし、弁護士講師から講評(批判や意地悪な質問)を受けることになりますので、出来が悪いと(あるいは何故こう書いたかの説明ができないと)、50-60名の受験生の前で恥をかくことになります(実際は、完璧な答案などないので、全員が恥をかくので気にする必要はないのですが。)。

 問題は、本教材を読んだだけで、誰でもがスラスラと答案を書けるほど、この研修は甘くないということです。しかし、これを乗り切らない(申請書と答弁書の書き方を知らないと)と、そもそも個別労働紛争解決代理業務の受任などできないですし、特定社労士試験の受験資格が得られないので、一所懸命取り組みましょう。

 とは言え、約10名が全員当事者意識を持って答案作成にかかわれるかというと、受験生のレベルに差があるので、やはり2-3名が中心になって、たたき台を作ったり、オンライン会議を招集したり、ワープロの修正作業をすることになります(つまり、多数は傍観者)。ここに参加しておかないと、後日のゼミナール研修で弁護士講師から質問を受けたときに答えられないし、折角の勉強の機会を失って、受験勉強や合格後の実務にも支障が生じますから、このブログの読者の方は、是非、準備を万端にして、積極的に答案作成の中心メンバーとなって、最大の成果をあげてください。塾生には、各自で答案のたたき台をワープロで作成して、研修当日はPCか印刷した原稿を持参するように指導しています。

 集合研修の際、己をむなしくして、黙って、他人の話を聞いて他人が作成した答案にサインするだけで切り抜けようなどという不届きな考えは、持たないことです。老婆心ながら。

 以下、参考までに昨年のブログの記事2つを、一部修正して引用します。

***************************************

このブログで取り扱ってきた労働紛争事例問題の過去問は、第1回、第2回、第3回、第11回でした。

 第1回は、整理解雇、勤務地限定特約、通勤手当の不正受給でした。第2回は、普通解雇(勤務態度不良・職務能力不足等)、でした。第3回は、解雇権濫用法理、職種限定の労働契約、配転命令権行使の違法性でした。

 河野過去問集に各回の論点のマトリックスが載っていますが、昨年度、私は、過去問を全部解きながら、これを論点別に整理し直してみました。するといくつかの発見がありました。

 まず、とにかく「解雇」が一番大きな論点で、その中には、「普通解雇」、「懲戒解雇」、「整理解雇」、「諭旨解雇」、「試用期間満了に伴う解雇」、「有期雇用契約の雇止め」、「有期雇用契約期間中の解雇」、「希望退職(肩たたき)」などが含まれています。現実の問題として、在職中に会社(雇用主)を相手に調停やあっせんを起こすのは難しいでしょうから、解雇(会社を辞めた)後に申立てるという事例が多くなるのは頷けます。

 頻度と重要度を考慮して論点を順番に並べると、次のようになります(あくまで私見)。

(1)    普通解雇:第2回、第3回、第9回

(2)    懲戒解雇:第7回(経歴詐称を根拠事由とする場合は、普通解雇でもありえます。)

(3)    整理解雇:第1回、第10回

(4)    諭旨解雇:第8回

(5)    試用期間満了と解雇:第6回、第16回

(6)    雇止め:第4回、第5回、第13回(この回は有期雇用契約期間中の解雇)

(7)    退職の意思表示の撤回:第14回

(8)    セクハラ・パワハラ不法行為):第11回

(9)    労働条件の不利益変更:第4回

(10)              出向・転籍・配転:第3回

(11)              希望退職(肩たたき)

(12)              時間外手当(サービス残業、固定残業代、名ばかり管理職

(13)              内定取消

 以上の中で該当回を書いていない(10)~(12)はどこかの回で付随論点として出題されていますが、(13)内定取消だけは出題されていません。

 ところで、私がこのような論点整理を行った理由は、今後出題されるであろう労働紛争事例問題の各論点について、その要件を先に整理して覚えてしまおうと考えたからです。

 例えば、第1回で問われた整理解雇の4要件(要素)は、①人員整理の必要性、②解雇回避の努力、③整理解雇対象者の選定の合理性、④整理解雇手続の妥当性でした。もちろんこれらを覚えただけでなく、これらを設例に当てはめて、これらの要素に適合する事実を拾い上げる訓練(練習)が要るのは当然ですが、(過去の経験から)まずは、各論点の要件(要素)を覚えなければ話にならないからです。

 受験生の皆さんは、菅野本か安西本か中央発信教材を使って、これらの論点の要件(要素)を調べて書き留めて、暗記できるようにカードにしたり、壁に貼ったりして覚えるようにしてください。この作業は、特定社会保険労務士試験の受験対策と同時に、集合研修の課題の回答を準備する際にも役立ちます。

 例えば、議論をする際に、「整理解雇の4要素は、☓☓と○○と▲▲と**だから、Aという事実は☓☓に当てはまるが、Bという事実は、どれにも当てはまらない。▲▲という事実に当てはまる事実はない。よって、整理解雇は成立しない。」とか発言すると、「おぬし、できるな!」とメンバーに思われて、ちょっと優越感に浸れるかもしれません。逆に、皆がこんな話し方をしていて、自分だけついていけないとショックを受けるかもしれません。いずれにしても、この記事を読んだ人は、しっかり論点の要件整理の勉強(準備)をしてください。   

 過去にも似たような話を書いたような気がしますが、まあ、いいか。今回の記事は短いですが、皆さんへの宿題としては大きかったですね。

 ところで、単に論点の要件(要素)を調べて書き出すと言っても、そう簡単ではないというお話もしておきます。

 例えば、まだ出題されたことのない「採用内定の取消し」の論点を検討する際には、まず、「採用内定」の法的な意味(雇用契約の締結か、その予約契約の締結か等)を確定しなければなりません。ここで問題になるのは、「採用内定」と一言で表現されていても、採用担当者の口約束なのか、人事部長の口約束なのか、他の内定先を辞退するよう告げられたのか、卒業後は入社しますとの誓約書の提出をしたのかなど、その態様は様々で、一概に法的な意味を確定できないことです。

 次に、採用内定の態様に応じた法的意味が確定したら、それを取り消したらどのような効果(雇用契約違反、予約契約違反、不法行為など)が発生するのかについて確定する必要が生じます。

 以上を全部整理して、それぞれの要件を書き出してこそ、はじめて試験対策等で使える情報源になることはお分かりのことと思います。これらを全部実行して、書き記して、ご自身のサブノートを作っていくという作業が、これから10月下旬の集合研修までの労働紛争事例問題の答案練習と並ぶ大きな準備と言うことになると思います。

ちなみに、安西本(P9-12)に採用内定の取消しについて書かれています。そこでは、実務家らしく、採用内定者を、「採用予定者」と「採用決定者」の2つのタイプに大きく分けて、その法的保護の程度の違いを述べています。一方、菅野本(P230-236)では、法律学者らしく、採用内定過程の法的意義について、より細かく分析して検討しています。理解し易さと使い易さから言うと、安西本に軍配があがると思います(菅野本の方が法律の勉強にはなります。)。安西本をお持ちでない方のために、該当箇所(P10)を引用しておきますが、実際に安西本を読まないと、どのような態様がどちらに当てはまるかまでは、分らないと推測します。ただ、「解雇」扱いになるか、ならないかの線引きがあるという所までは理解いただけるものと思います。いずれにしても、よく基本書を読んで勉強して置いてください。本年度、出題されてもおかしくない論点だと思われますから。

『採用予定者・・・まだ労働契約が成立しておらず、その従業員としての地位を取得していない者。いわゆる労働契約締結の「予約者」とか「採用内定契約」という特別の契約者といわれている。[その取消は解雇にならない。 ]

  採用決定者・・・労働契約が成立し、その会社の従業員としての地位を取得した者。ただし、卒業という条件や入社日の到来という始期がついていれば効力の発生はそれらの成就した時からとなる。[その取消は民法上の解雇になる。] 』

(注)文中の安西本に関して、先日、弁護士安西愈著「管理監督者のための採用から退職までの法律実務[改訂第17版]」一般社団法人埼玉県経営者協会本体1,800円が発行されたので、早速購入しました。文中の安西本の内容が若干古かったのですが、最新になっているので、今から購入するならこちらをお薦めします。

***************************************

 まず、特定社会保険労務士 前田欣也著「個別労働紛争 あっせん代理 実務マニュアル 3訂版」日本法令を推薦します。

 本年度の能力担保研修を受ける受験生には、集合研修で作成する申請書と答弁書の書き方の参考となります。中央発信教材に載っている情報だけでは、(普通の受験生なら)まともな申請書と答弁書は書けないと考えています。元々特定社会保険労務士の実務用に書かれたこの本では、訴訟物(論点)のタイプ別に申請書の書き方が整理されているので、集合研修の準備と合格後の実務に役立つと思われるので、是非、読んでみてください。

 一方、再受験の方にとっては、本年度は能力担保研修がないので、ある意味、今頃は何を勉強したらよいのか迷っているのではないかと思われます。特定社会保険労務士試験と実務の両方の全体像を捉え直すという意味(そうか、このためにこういう出題がなされるのかとかの発見)で、やはり、この本を読まれることをお薦めします。

 実のところ、申請書と答弁書の書き方を、私が自分で書こうと考えていました。しかし、この頃、仕事が忙しくて、書く時間がなかなか取れないのと、この本の方が、私がイメージしていたもの(単なる研修と試験対策)よりずっと深く論点を掘り下げているので、勉強になると判断したからです。

(注)塾生には、まず自分で答案の原稿を書いてきたらアドバイスをするという方針で臨んでいますが、法律の勉強をしたことのない人にとっては、結構辛い修行ですね。

***************************************

 

 

第17回試験問題の解説

 各小問の解答例を書いた上で、その解説をしていきます。

第1問

小問(1)

(解答例)

  • Xは、Y法人に対し雇用(労働)契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める。
  • Y法人は、Xに対し、令和3年10月20日限り金188,000円および令和3年11月から毎月20日限り金188,000円を支払うこと。

(解説)

 次の出題の趣旨中の私が下線を引いた箇所が、解答の2項目を語っています。①については、6月4日の記事「最近の試験問題の構造の分析とその解き方(その1)」に書いた「地位確認訴訟」なので「更新拒絶が無効であることを確認する」ことを求めるのではなく、当然のごとく更新されて今も雇用されている(労働されているとは言えないのですよね)という状態を確認すること(地位確認訴訟)になります。②については、(これも過去の記事に書いた)危険負担の債権者主義が適用されて、使用者側に帰責事由(不当な更新拒絶)があって、労働者側が労働したくても出来ないのだから、使用者側に賃金支払義務は残っているという考え方に基づいて、「ノー・ワーク・ノー・ペイの原則」の例外的に未払賃金を請求することが出来るという理論を根拠に請求しています。ここで注意すべきは、9月末日で雇止めになっていて、9月分の賃金が(翌月)10月20日払いになっているのですが、これが既に支払われたかどうかは、XとYの言い分からは不明です。安全策としては、この既発生分の9月分金188,000円も請求しておいた方がベターだと思います。もちろん、事実を調査・確認してムダのない請求をすべきなのですが、請求せずに申請書を提出して後出しジャンケンみたいに請求を追加して、原則1日の調停やあっせんで認めてもらえなくて困るより、漏れなく請求して、もし支払済みだったら請求を取り下げたら良いだけだから、書いておくにこしたことはないと考えるからです。

 

〔出題の趣旨〕   Xの立場に立って、特定社会保険労務士としてXを代理し、雇用期

  間の終了による雇止めの無効を主張し、Xを申請人、Y法人を被申請人として「個

  別労働関係紛争の解決の促進に関する法律」に基づき都道府県労働局長にあっせ

  ん申請(以下「本件手続」という。)をするとして、当事者間の権利関係を踏まえ

  て記載するとした場合の「求めるあっせんの内容」の記載を問う出題である。

  解答にあたっては、本問が雇止め無効を理由とする「労働契約上の地位」の確

  認という法的構成による請求を求めているので、「求めるあっせんの内容」は、訴

  状の「請求の趣旨」のように、地位確認請求の記載と、それに基づく賃金請求の

  記載を求めるものである。

 

小問(2)

(解答例)

① Y法人の採用選考の面接の結果採用通知を受けて総務課長と面談した際に、労働条件通知書に記載された「更新4回をもって雇用は終了し、以降の雇用更新はしない」の意味について質問したら、総務課長が「Xさんの場合もたぶん(市からの)業務の受託が継続される限りは、仕事をお願いするのではないか」との解答があり、更新4回で雇用終了は形式的なもので、業務が継続する限り雇用が契約されるとXは理解したこと。

② 平成29(2017)年、1回目の更新の際、総務課長に更新回数の上限について再度質問したところ、「1年契約の委託業務であるが以前からY法人が継続して受託しており、現在ではY法人の一部署のようになっていること、市の委託契約が続く限り仕事を続けてもらってもよいと思う」、加えて、「市役所の方から受付案内が親切で評判がよい」と言われて、契約更新は4回までというのは自分に関しては形式的なもので当てはまらないとXは受け止めたこと。

③ 令和元(2019)年の3回目の更新の際は総務課長との面談であったが、更新4回で契約終了という話はなく、令和2(2020)年10月1日付けの4回目の更新の際は総務部長との面談であったが、やはり今回の更新で雇用期間が終了し雇止めとなるといった確定的なことは何も言われず、過去同様4回目も更新時に日給が200円アップしていたことも相俟って、Y法人はXの働きぶりに満足しており、契約は継続されるものとXは受け止めたこと。

④ Y法人の主要業務である指定管理者業務の職員の有期労働契約の雇用期間が5年の上限だから、市役所の受付業務の雇用期間の上限も5年に揃えるという論理には合理性がなく、雇用契約期間が5年を超えると無期転換権が生じることを避けるための屁理屈に過ぎない脱法行為で有り、これを実行するために労働契約書兼雇用契約書に「更新4回をもって雇用終了」と形式的に記載していること。

⑤ 本年7月の面談の際、総務部長から「現状では1名で十分受付案内業務はできるので、1名は余剰となる。受付業務は余剰人員になっているのだから、継続更新の必要性は認められないので、雇用契約条の更新基準にある業務の有無、業務の見通しから見ても更新基準には該当しない。」と言われたが、最近は市役所への来庁者も増え、市役所も通常の9時始業となるなど2名体制の維持は必要であり、これもXが無期転換権を取得することを回避するための屁理屈を並べた脱法行為であること。

(解説)

 どのような事実を拾い上げて要件事実とするかという問題ですが、〔出題の趣旨〕から逆算すると上の5項目ではないかと考えています。申請書なら、「職場復帰と未払賃金を請求するならば、「⑥ Xは、Y法人と、平成28(2016)年10月1日から契約期間1年の日給制の職員としての有期雇用(労働)契約を締結し、同様の契約を4回更新し5年間勤務した令和3(2021)年9月30日で雇止めになったこと。」を書いておかないと話にならないのですが、設問が「雇止めが無効であると主張する場合、それを根拠づける主張事実の項目」と限定してあるので、この⑥は今回は不要です。

 一番悩んだのは、「無期転換権の発生を回避するために雇止めをした」というY法人の隠れた意図をどのような「事実」によって表現するかでした。「Xが憶測でそう考えている」と書けば事実でしょうが、「Y法人の意図がそうだった」とか「本件雇止めは脱法行為である」というのは事実なのか?と悩んで、色々検討してこの結論に至りました。

 まあ、他にも書き方はあると思いますので、これらが絶対とは受け取らないでください。

① 採用決定後の面談で、総務課長が契約更新の期待をさせた事実を書きました。

② 1回目の更新の面談の際、総務課長がXに更新への期待を抱かせる言動をした事実を書きました。

③ 3回目と4回目の更新の際には更新拒絶の予告はなく、それまで同様日給が200円アップして、更新への期待を招いた事実を書きました。以上の3点の手落ちで、当初見込んだ無期転換権の発生を回避するために更新4回で雇止めにするというY法人の意図は実現し辛くなっています。

④ 雇用期間が5年となって無期転換権が発生することを避けるために、周到に準備して「更新4回まで」と労働契約書に書いてあることを書きました。ただし、だからと言って(その隠れた意図によって)、「更新4回まで」と書いてあることが無効になるかというとそうではないから、話がややこしくなります。「更新4回までと書いてある」は、Y社からの反論材料になります。

⑤ 仕事が減って1名で十分こなせるというのも、雇止めにして無期転換権を発生させないための屁理屈だろうということにしました。

 実は、下の小問(4)の[出題の趣旨]に「①本件が更新限度期間付の労働契約であること、その理由として②業務受託と指定管理者制度によるものであるとのY法人の主張の成否、②Xとして契約の更新継続を期待させるY法人の言動等の成否、③コロナウイルス感染症のまん延に伴う業務の縮小と整理解雇といった主張の成否に関し」と書かれているので、これらの項目に当てはまる事実を列挙しなさいという質問だと思います。

〔出題の趣旨〕   特定社会保険労務士として、Xを代理して、Xの立場に立って、本

   件手続を申請し、Y法人のXに対する雇用期間満了による雇止めが無効であると

  主張する場合、それを根拠づける主張事実の項目を簡潔に5項目以内にまとめて、

  箇条書きで記載することを求める出題である。

   解答にあたっては、本問は更新限度期間を定めた労働契約の問題であるから、

  Xの代理人としては当該契約の不成立雇用契約期間の継続更新の期待のあるこ

  と、本件更新限度契約は無期転換の阻止目的の脱法的なものであること等雇止め

  が客観的合理性と社会通念上の相当性に欠けることになるとの事実の簡潔な摘示

  による主張の記載を求めるものである。

 

小問(3)

① 労働条件通知書兼嘱託職員雇用契約書には、「更新4回をもって雇用終了」、「更新4回をもって雇用は終了し、以降の更新はしない」と記載してあり、最初の契約締結時から4回目の更新時まで、毎回同じ記載のある契約書を締結し直してきたのであり、Xはこれらの記載を認識したうえで、最初の契約を締結し、更新手続を重ねてきたはずであること。

② 毎年10月1日付けの契約更新時には、その前に総務部長か総務課長が本人と面談し、更新労働条件の説明や当人の希望のほか、仕事の状況、健康状態等を聞き、本人の仕事ぶりについて評価して、誉めたり励ましたりしてコミュニケーションをとったうえで、「更新4回まで」の記載のある契約書を締結し直して来たのであり、Xに更新継続を期待させるような形骸化した手続を取ってきたのではないこと。

③ Xは、1回目の更新の際に、総務課長が「市の委託契約が続く限り仕事を続けてもらってもよいと思うと言った。」と言っているが、総務課長が、上限期間を5年とするY法人の嘱託業務社員の雇用契約制度に反するようなことを言うはずがないうえに、3回目4回目の総務部長との更新面談の際には、Xから総務部長に対しては一切「更新4回まで」の話はなされておらず、Xの言い分は、後付けの理由であること。

④ Y法人の中核的業務は最長5年の指定管理者業務であり職員の雇用は5年までしか保障がなく、Xの担当した市との単年度契約になっている受付業務嘱託業務社員も長期雇用の保障がないことは同じなので、嘱託職員就業規則第21条で両者ともに最長5年間の雇用期間と規定しているのであり、嘱託社員の無期雇用への転換権の発生を回避することを意図した脱法的なものではないこと。

⑤ 受付案内業務は2名でも閑散としているので、Xは余剰人員となっており、正職員1名の体制で十分まかなえるので、労働条件通知書兼嘱託職員雇用契約書の記載に基づいてY法人が業務の見通し、勤務状況、勤務態度その他を勘案して判断した適法・適正な権利行使であり、Xに無期転換権が発生することを回避するために雇止めにしたのではないこと。

(解説)

 小問(2)と同じ考え方です。裁判例であげられた「雇止めの判断要素」を次に書いておきます。①業務の客観的内容と②契約上の地位の性格の分析・検討の結果をほとんど答案に書けていないのですが、5項目という縛りと解答欄のスペースから考えると、これらを詳しく書くことは難しいですね。

  • 業務の客観的内容―――――従事する仕事の種類・内容・勤務の形態(業務内容の恒常性、業務内容についての正社員との同一性の有無等)
  • 契約上の地位の性格――――地位の基幹性・臨時性(嘱託・非常勤講師等)、労働条件についての正社員との同一性の有無
  • 当事者の主観的態様――――継続雇用を期待させる当事者の言動・認識の有無・程度等(採用に際しての雇用契約の期間や、更新または継続雇用の見込み等についての雇用主側からの説明等)
  • 更新の手続・実態―――――契約更新の状況(反復更新の有無・回数、勤続年数等)、契約更新時における手続の厳格性の程度(更新手続の有無・時期・方法、更新の可否の判断方法等)
  • 他の労働者の更新状況―――同様の地位にある他の労働者の雇止めの有無等
  • その他―――有期労働契約を締結した経緯、勤続年数・年齢等の上限の設定等

〔出題の趣旨〕  特定社会保険労務士として、Y法人を代理して、Y法人の立場に立

   って、本件手続においてXに対する雇用期間満了に伴う雇止めが有効であると主   

   張する場合、それを根拠づける主張事実の項目(Xの主張に対する反論も含

   む。)を簡潔に5項目以内にまとめて記載することを求める出題である。

    解答にあたっては、Y法人の主張としては、本件更新限度期間を定めた期間雇

   用契約の有効性Xに契約の更新継続の期待のないこと期間満了雇止めの正当

   性本契約が無期転換阻止目的の脱法的なものではないこと等を箇潔に事実を摘

   示して記載を求めるものである。

 

小問(4)

<Xが有利な場合>

労働条件通知書兼労働契約書および嘱託職員就業規則に「更新4回まで」と明示したうえで、更新継続への期待を醸成させないよう厳格な更新手続を重ねるというY法人の対応は、無期転換権の発生を回避することを目的とする脱法的な手法である。加えて、面談者が、長期雇用を期待させるような言動をしたり、「更新4回まで」を明確に言い聞かせなかったり、市役所の案内業務の人員が余剰ではないのに余剰と言って雇止めを実行したこともあり、本件雇止めは客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当と認められず無効とされる可能性が高い。

<Y法人が有利な場合>

労働条件通知書兼労働契約書および嘱託職員就業規則の「更新4回まで」の記載は、5年契約の指定管理者制度と1年単位の業務受託で嘱託職員の雇用期間を揃えるのが目的であり、無期転換権の発生を回避するための制度を用意したのではない。また、現状、案内業務は2名では余剰であり、毎更新時には厳格な手続を重ねて来たうえでXの雇止めをすることは、労働契約書に基づく適正な権利行使であるので、本件雇止めは客観的に合理的な理由があり社会通念上相当と認められ、有効とされる可能性が高い。

(解説)

 論点としては、①無期転換権発生回避のための脱法的仕組みを作って実行してきたことの善し悪し、②Xに更新継続による長期雇用への期待を抱かせないための手続にほころびが出て期待を抱かせてしまったか否かの2点が考えられます。Xの立場なら、①は悪いし②は期待を抱かせてしまったので、両方でXの勝ちとなるのでしょう。Y法人の立場なら、①は脱法目的は存在しないし②は期待を抱かせるほどの手続上の手落ちはなかったのでY法人の勝ちとなるのでしょう。いずれにしても、両当事者ともに強みと弱みを抱えていて、決定的にどちらかが有利という証拠(例えば、書証や第三者の証言)が見つからないので、どちらを勝たせるかは、どの要素や事実を重く見るかという受験生の主観にならざるを得ないとは思います。過去から、こういうスタイルの設例(XとYの言い分の書き方)になっていますが、本年度の第18回でガラッと変わるかも知れませんので、本番では、設例の文章を細かく読み込むことを忘れないでください。

〔出題の趣旨〕   本件事案について、双方の主張事実や本件事案の内容等を踏まえて

   本件雇用期間満了による雇止めの効力について考察し、その法的判断の見通し・

   内容について250字以内での記載を求める出題である。

    解答にあたっては、一方の主張だけでなくXの主張、Y法人の主張についてそ

   れぞれについて検討し、本件が更新限度期間付の労働契約であること、その理由

   として業務受託と指定管理者制度によるものであるとのY法人の主張の成否、X

   として契約の更新継続を期待させるY法人の言動等の成否、コロナウイルス感染

   症のまん延に伴う業務の縮小と整理解雇といった主張の成否に関し、客観的合理

   性と社会通念上の相当性の判断を問うものである。

 

小問(5)

<Xが有利な場合>

Xの代理人として、第1に、Y法人が、Xとの有期労働契約を令和3年10月1日から更に1年間更新したうえで、Xが勤務できなかった期間の賃金を支払うという和解案を提示します。もし、Y法人が、無期転換権の発生を嫌がるなどの事情から更新をどうしても拒絶したいなら、第2として、Y法人はXに対し、1年分の賃金相当の金2,256,000円(188,000円×12か月)を雇止手当として支払うという和解案を提示します。

 

<Y法人が有利な場合>

Xの代理人として、Xが本件有期労働契約の雇止めを受け入れることを条件にY法人が1か月分の賃金相当の金188,000円を雇止手当として支払うという和解案を提示します。もし、XがY法人への将来の就職を希望するのであれば、今後3年以内にY法人が嘱託職員を募集する際には、Xに対して迅速に当該情報を提供し採否を検討するという条件を和解案に加えることも求めます。

(解説)

 Xが勝つ可能性が高いなら、Xの代理人としては目一杯請求する訳ですが、5回目の更新をしたうえで無期転換の請求までしてしまうと、あっせんの目的を超えてしまうので、やり過ぎ感があります。また、Y法人としては、無期転換の前例を作ると他の嘱託職員に示しがつかなくなるので、Xに復職して欲しくないでしょうから、Y法人の顔を立たうえで、実際は働かないのに1年分の賃金を得るという実利優先という考え方も、十分に合理的な判断だと思います。

 Y法人が勝つ可能性が高いなら、Xとしてはわずかな金銭賠償と嘱託職員の募集の際の情報提供を求めるのが限界かな?と考えています。気を付けないといけないのは、Y法人による将来の情報提供に期限を付けておかないと、Y法人に無期限の義務を課すことになり、「舌足らずの現実的ではない提案」であると採点者に見られて(折角、良いことを書いたのに)減点されるおそれがあることです。

〔出題の趣旨〕  本件事案について、Xの代理人である特定社会保険労務士として、

  本件「あっせん手続」において、小問(4)の「法的判断の見通し・内容」を踏

  まえ、Y法人側の主張事実も考慮し、妥当な現実的解決を図るとした場合、どの

  ような内容の提案をするかについて250字以内で記載を求める出題である。

  本問の解答にあたっては、小問(4)で考察した法的判断をもとにして和解解

  決を図るとした場合にどのような提案が、Xとして双方の主張や事実関係からみ

  て具体的妥当な案として提案し説得的交渉を行う提案内容として考えられるかに

  ついて記載を求めるものである。

 

第2問

小問(1)

(結論)イ

(理由)

弁護士法72条で「非弁護士による法律業務の取扱等が禁止されている」が、同条ただし書で他の法律で別段の定めがあれば許容されるとされているので、社労士法2条を根拠に特定社会保険労務士は紛争解決代理業務を受任できる。しかし、特定社会保険労務士は同法同条2項3号であっせん手続の開始から終了までとの和解契約交渉の可能な期間の限定を受けているので、本件あっせん手続が合意不成立により打ち切りで終了した後は、甲はA社の代理人を継続することは出来ないからである。

(解説)

 登場人物の機能・役割は、次のとおりです。

A社:元従業員Bから300万円の損害賠償請求のためのあっせんを申請された。そのあっせんの代理人として特定社労士甲を起用した。当該あっせんは、合意不成立で打ち切り終了となったが、その後Bから甲を通じて和解交渉の再開を提案された。

B: A社の元従業員でA社を相手にあっせんを申請したが、合意不成立で打ち切り終了となった。その後、A社の代理人だった特定社労士甲を通じて、和解交渉の再開を提案した。

特定社労士甲:BからA社を相手として申請されたあっせん手続のA社の代理人であったが、打ち切り終了となった後に両者の和解交渉を再会するにあたり、A社から代理人を依頼された。

 弁護士法72条と社労士法2条の内容の正しい理解があれば、易しい問題だったと思います。逆に言うと、これらの条項を知らなければ、手も足も出ない難問なったのではないかと思います。

 注意しなければならないのは。設問に『「受任できる」「受任できない」の結論を解答用紙に記号で記載し』と書かれているので、解答用紙の該当欄には、「イ」とだけ書くことです。「(イ) 受任出来ない」と書くと減点されても文句は言えませんから、問題文は細心の注意を払って読みましょう。

 

〔出題の趣旨〕   開業の特定社会保険労務士甲は、A社の代理人として、同社の元従

   業員Bが個別労働関係紛争の解決の促進に関する法律に基づき都道府県労働局長

   に申し立てたセクシャル・ハラスメント被害を理由とする300万円の損害賠償

   請求のあっせん事件に対応した。あっせんの期日において、甲はA社の代理人

  して解決金100万円の支払いを提示し、Bは要求を150万円まで引き下げて、

  互いに歩み寄ったが、結局、解決金の金額が折り合わず、同事件は、合意不成立

  により打ち切り終了となった。

   その1週間後、甲は、Bから電話で「あっせん期日では、もう少しのところで

  合意できなかったが、解決金として130万円を支払ってくれるのであれば、合

  意して紛争を解決したい。」という連絡を受けた。甲は、これを直ちにA社の社長

  に報告したところ、社長は、甲に対し、「120万円までなら支払う用意があるの

  で、早急にBと交渉して和解の合意を取り付けてほしい。」と依頼した。

  このような事実関係の場合に、甲は、A社からの和解交渉の依頼を受任するこ

  とができるかを問う出題であり、「受任できる」「受任できない」の結論を解答用

  紙に記号で記載し、その理由を250字以内で理由欄に記載を求めるものである。

  本問は、紛争解決手続代理業務の範囲(限界)を問う問題であり、解答にあたって

  は、社会保険労務士法2条3項が定める紛争解決手続代理業務のうち、和解

  交渉は同手続の開始から終了に至るまでの業務であり、同手続終了後の和解交渉

  を含まず、これを行うことは弁護士法72条が禁ずる非弁護士による法律事務の

  取扱いとなることの理解を前提に、具体的な事実関係への当てはめを求めるもの

  である。

 

小問(2)

(結論)イ

(理由)

本件C社から乙への依頼は、社労士法22条2項の言う「相手方」が存在せず、同法同条に抵触して業務を行えないとはならない。しかし、乙はC社の元従業員Dに対して、C社に知らせていない個人的な貸付金があって、その回収が滞っており、乙が本件紛争でC社の代理人となった場合、乙がC社から多額の損害賠償金をDに取得させてその金銭の中から自らの債権回収を図ることが可能になるので、乙とC社は利益相反関係に立つことになる。よって、乙がこれを受任すれば、社労士の公正、誠実、信用、品位などを害することになるから。

(解説)

 登場人物の機能・役割は、次のとおりです。

C社:元従業員Dから500万円の損害賠償請求のためのあっせんを申請されている。

D: 元の使用者であるC社を相手に、あっせんを申請している。特定社労士乙に対して約250万円の未払の金銭債務がある。

特定社労士乙:C社の顧問社労士。Dが申し立てたあっせん手続のC社の代理人を依頼された。C社には知られていないDに対する未回収の貸付金があり、どうやって回収するかについて悩んでいた。

 素直な受験生は、特定社労士乙とDは債権回収をめぐって対立関係にあるから、乙はC

社のために全力を尽くしてDをやっつけるだろうと考えたのではないか?と推測しています。ところが、人を疑うのが習性になっている受験生は、特定社労士乙が自分の依頼人C社を負けさせてDにお金を得させた後、自らの債権回収を図るという嫌らしいストーリーに気付いたのだと思います。これを下衆の勘ぐりというか、老獪と言うかは別にして、設問の行間を読まなければならない、難しい問題だったと思います。

〔出題の趣旨〕   C社は、退職勧奨により4ヵ月前に退職した元従業員Dから、退職

   強要や在職中のいじめ・嫌がらせを理由として、不法行為に基づき500万円の

   損害賠償を請求する内容のあっせん手続を県の労働委員会に申し立てられた。

   開業の特定社会保険労務士乙は、長年にわたりC社の顧問を務めており、C社

   の役員・従業員に知り合いが多かったが、特にDとは、DがC社を退職するまで

   プライベートで親しく交際していた。約3年前、乙は、Dから懇請されて300

   万円を無利息、無担保、期間3ヵ月の約定で貸し付けた。しかし、Dは期限を過

   ぎてもこれを返済せず、乙が繰り返し督促しても、「カネがない」と言いつのる   

   ばかりで、少額を返済しただけであった。Dに対する貸付金は、現時点でも約2 

   50万円の残高が残っており、乙は、自分の資金繰りが苦しいこともあって、一 

   体どうしたらDから返済してもらえるのか思いあぐねていた。なお、Dに対する

   上記貸付は、C社の業務とは無関係な私的な貸し借りであり、C社はこの事実を

   知らず、かつ、乙は、将来にわたり、この事実をC社に開示する意思は一切な

   い。乙は、C社から、Dが申し立てた上記のあっせん事件について、C社の代理  

   人として対応するよう依頼された。

    このような事実関係の場合に、乙は、C社からの依頼を受任することができる

   かを問う出題であり、「受任できる」「受任できない」の結論を解答用紙に記号

   で記入し、その理由を250字以内で理由欄に記載を求めるものである。

    本問は、依頼者の利益と自己の経済的利益とが実質的に相反する場合における

   特定社会保険労務士の倫理を問う問題であり、解答にあたっては、具体的な事実

   関係に照らし、依頼者の利益と乙自身の個人的な利益とが実質的に相反する関係

   にあることを摘示したうえで、それが社会保険労務士法22条の列挙する業務を

   行い得ない事件類型には該当しないことを踏まえつつ、社会保険労務士としての

   信用、品位及び依頼者に対する信義誠実の観点から、なお受任できない事件とな

   るかどうかについて考察を求めるも

追伸-1

 これからの記事の目次を次に書きます。毎週土曜日の午前零時に記事が公開されます。

10月1日  第6回第2問(倫理事例問題)の解説

10月8日  第7回第2問(倫理事例問題)の解説

10月15日 第8回第2問(倫理事例問題)の解説

10月22日 第9回第2問(倫理事例問題)の解説

10月29日 第10回第2問(倫理事例問題)の解説

11月5日  第1問で働き方改革が問われるとしたら?

(以下、未定)

追伸-2

 8月7日の記事「告知4」で、本年度の塾生の募集をしました。8月中旬から入塾された塾生のオリジナル教材による自習と毎週末のオンライン授業が順調に進んで、来る9月23日(祝)に大阪市で対面の授業をやるところまで来ました。

 そこで、今回、10月9日(日)9:45-16:45、阿倍野市民学習センター(大阪市)第2会議室での対面授業をターゲットにして、今から受験勉強を始める方向けに塾生の2次募集をすることにしました。申込み方法等は8月7日「告知4」を見てください。「告知4」よりも塾の内容はブラッシュアップされています。塾の内容について質問のある方も、このブログのコメント欄に書いて(回答用のメルアドも)いただければ、お答えします。

 

追伸3

 

再受験生は、社会保険労務士連合会のWebsiteに受験申込方法が載りましたから、チェックして申込みしてください。老婆心ながら。

労働条件の不利益変更(第4回)

 前回までで、解雇、ハラスメント、同一労働同一賃金と論点の解説をしてきました。最後に「労働条件の不利益変更」をやります。過去問でいうと、第4回第1問です。ただ、第4回第1問は、有期雇用契約非正規労働者の契約更新時に、労働条件(時間数と賃金)を引下げるという事例で、この引下げを受け入れられなければ「雇止め」にするという、どちらかというと雇止めに重点が置かれた事例なので、私が今回検討したい、正規雇用労働者の労働条件の引下げを、雇用契約の合意による変更か、使用者による就業規則の一方的変更で行うというテーマとは違うので、対象からはずします。

 正規雇用労働者が大学新卒で就職して、終身雇用で勤務を続けるとしたら、40年近く続く雇用契約になる訳で、昔「会社の寿命は30年」という本が流行りましたが、まあ、定年退職するまでに会社の業績も上がったり下がったりしますから、当然、労働条件が向上することがあれば、引下げられることも起こり得ます。

 この問題を、労働契約法では次のように規定しています。

<労働契約法>********************************

(労働契約の成立)

第6条 労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて、労働者及び使用者が合意することによって成立する。

(注)例えば、労働時間や賃金の額などのが労働条件が定められていなくても、労働契約は成立します。労働条件のうち足りないものは、労働基準法等の法令、労働協約就業規則などで補充されます。

第7条 労働者及び使用者が労働契約を締結する場合において、使用者が合理的な労働条件が定められている就業規則を労働者に周知させていた場合には、労働契約の内容は、その就業規則で定める労働条件によるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の内容と異なる労働条件を合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

(労働契約の内容の変更)

第8条 労働者及び使用者は、その合意により、労働契約の内容である労働条件を変更することができる。

(注)労働条件の変更に関しては、労働者と使用者が合意すれば労働契約を変更できる旨を規定しています。民法契約自由の原則から言えば当たり前のことなのですが、労働契約に関しては、実際には、労働基準法等の法令が労働者を保護するための最低基準を定めているので、それを下回って労働者に不利な労働条件を定めても無効で、法令の最低基準が適用されます。

就業規則による労働契約の内容の変更)

第9条 使用者は、労働者と合意することなく、就業規則を変更することにより、労働者の不利益に労働契約の内容である労働条件を変更することはできない。ただし、次条の場合は、この限りでない。

(注)使用者が一方的に就業規則を変更しても、労働者の不利益に労働条件を変更できない旨を規定している。

第10条 使用者が就業規則の変更により労働条件を変更する場合において、変更後の就業規則を労働者に周知させ、かつ、就業規則の変更が、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合との交渉の状況⑤その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、労働契約の内容である労働条件は、当該変更後の就業規則に定めるところによるものとする。ただし、労働契約において、労働者及び使用者が就業規則の変更によっては変更されない労働条件として合意していた部分については、第12条に該当する場合を除き、この限りでない。

(注)①~⑤は、5要素があることを示すために、私が付けました。使用者が就業規則の変更によって労働条件を変更する場合には、その変更が、「労働者の受ける不利益の程度」、「労働条件の変更の必要性」、「変更後の就業規則の内容の相当性」「労働組合等との交渉の状況」といった事情などに照らして合理的であることが求められています。加えて、変更後の就業規則の周知が求められています。

就業規則違反の労働契約)

第12条 就業規則で定める基準に達しない労働条件を定める労働契約は、その部分については、無効とする。この場合において、無効となった部分は、就業規則で定める基準による。

(注)就業規則が労働契約の最低基準を定めています。

(法令及び労働協約就業規則との関係)

第13条 就業規則が法令又は労働協約に反する場合は、当該反する部分については、第7条、第10条及び前条の規定は、当該法令又は労働協約の適用を受ける労働者との間の労働契約については適用しない。

(注)就業規則によって法令又は労働協約を下回る労働条件を定めることはできません。逆に言うと、就業規則より上位に法令と労働協約があります。

***************************************

 安西本P237ーP261「十五 就業規則の不利益変更は有効か」に今回のテーマについて詳しく解説が載っていますので、安西本をお持ちの方は該当部分を読んでください。

 簡単に言ってしまえば、労働契約の変更に合意ができれば(労働者がその不利益変更を納得すれば)よし、ダメなら就業規則の変更に合意ができれば(労働者がその不利益変更を納得すれば)それでもよし、最後は、合意ができないので使用者が一方的に就業規則を変更して不利益変更を労働者に押しつけることができるが、この場合は、要件が相当厳しい(ハードルが高い)ので、事例問題では、この要件を覚えていて、要件に当てはまる事実を並べてみて、XとY社のどちらが勝つかを判断することになります。これを図にすると次のようになります。安西本から引用します。

<P238「第6-5図 労働条件変更の体系」>******************

[労働契約法第6条]    (合意)

       労働者 ← 労働契約 → 使用者  

   [同法第7条]      ↓  <労働契約締結時>

             就業規則    ①周知

           (労働契約内容)  ②合理性

   [同法第8条]      ↓  <労働契約内容の変更> 

       労働者 ←労働契約内容→ 使用者  

             の変更

             (合意)・・→就業規則を下回る不利益変更の合意は無効

               ↓

   [同法第9条]      ↓ 就業規則による不利益変更>

       労働者 ←就業規則の不利益変更→ 使用者

             による契約の変更

              (合意)

  [同法第10条]       ↓ <合意のできない場合>

            就業規則の不利益変更 ①周知     

             による契約変更   ②変更の合理性  

**************************************

図だと分りにくいかも知れないので、文章にします。

労働条件の不利益変更

  •  労働者と使用者が、労働基準法等の法令に抵触しない範囲で合意すれば、労働契約は成立する。
  •  個別の労働契約に定められた賃金等の条件が、就業規則労働協約を下回る場合には、その部分は無効となり、代わりに就業規則か、または労働協約に定められた基準が適用される。
  •  有効に成立した労働契約の条件が、時の経過とともにその内容の変更を迫られることがある。このとき、労働者にとって条件が良くなる場合は問題にならないが、仕事が変わらないのに賃金が減額になるなど不利益に変更される場合は、問題となる。
  •  リーディング・ケースとなる秋北バス事件(昭43・12・25最高裁大法廷判決)では、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として許されない・・が、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものである限り、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない。
  •  この判例では、これまでの労働条件より悪くなるような就業規則の新たな作成や、既存の就業規則における不利益変更につき、合理性があれば許容される旨を判示している(労働契約法はこの判例を踏襲している。)。

 

 事例問題で問われるとしたら、最後の合理性を判断する基準の要件(かなり高いハードル)が問題となりますが、これは、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況その他の就業規則の変更に係る事情に照らして合理的なものであるといった事情などに照らして合理的であることの5要素が求められています。加えて、変更後の就業規則の周知が必要です。

 ちなみに、秋北バス最高裁判例では、より細かく、次の7項目が挙げられていました。①就業規則の変更によって労働者が被る不利益の程度、②使用者の変更の必要性の内容・程度、③変更後の就業規則内容自体の相当性、④代償措置その他関連する他の労働条件の改善状況、⑤労働組合等との交渉の経緯、⑥他の労働組合又は他の従業員の対応、⑦同種事項に関するわが国社会における一般的状況です。

 労働契約法にするときにある程度絞られて抽象化されていますが、要件事実を拾い上げる際には、こちらで考えた方が便利かも知れません。

 実際に第1問の設例を解くときには、これらの要素にどのような事実があてはまるのかあてはまらないのか、その結果、不利益変更が認められるのか認められないのかの難しい判断が求められます。そこで、参考になるのが過去の裁判例です。

 たとえば、私が受験した「第16回特別研修 中央発信講義 教材」の中に、石嵜信憲弁護士が担当する「賃金体系と労働条件の変更」という章(P349~P400)があって、そこにこの労働条件の不利益変更の裁判例(P371~P374)が載っていますから、ページ数がずれていることはあっても、内容は変わらないので、お手元の同教材をチェックしてください。私が、特に興味を引かれたのは、キョーイクソフト事件(東京高判平15.4.24労判851号48頁)で、ビデオの中で石嵜弁護士が「狙い撃ちはダメ!」と言われていたのがメモに残っています。石嵜弁護士の章は、日本企業の人事制度(特に賃金制度)の変遷と、変更によって既得権が奪われる労働者の抵抗の歴史みたいなお話がなかなか面白かったなあ、と思う、今日、この頃です(記憶が曖昧で、本当はそんなに面白いお話ではなかったかも知れませんが。)。

 この「狙い撃ちはダメ!」のコメントを含むこのテーマについて、弁護士池内康裕著「テレワーク導入のための就業規則 作成・変更の実務」清文社2021年7月30日発行P38-P40「8.就業規則の不利益変更」にも触れられているので、一部を引用します。

<P40>***********************************

 『このように、全ての不利益変更について、高度な必要性が要求されるわけではありません。全体的に見れば、不利益な点ばかりではなく、内容の相当性も認められるような場合には、当該不利益性に応じた必要性があれば、合理性が肯定されます。例えば、週休2日制の導入に伴い平日の勤務時間を延長した就業規則の変更について、高度の必要性は不要とされています。(羽後銀行事件・最判平成12年9月12日。)。

 労働組合の交渉の状況についても考慮されます。ただし、最高裁判決では、55歳以上の従業員の賃金削減について、従業員が加入する労働組合が賛成したにもかかわらず、代償措置が不十分であることなどを理由に無効と判断しました(みちのく銀行事件・最判平成12年9月7日)。一部の従業員に対して不利益が集中しているときは、過半数の従業員が加入する労働組合が賛成しただけでは、直ちに合理性ありと判断されるわけではないということです。』

***************************************

 折角、すべての要件事実を拾い上げたと思っても、この「一部の従業員を狙い撃ちにしているからダメ!」を見落として、法的判断の見通しを間違ってしまったら、大きな失点になるものと思われますから、ご注意ください。老婆心ながら。

 

 

追伸-1

 本年6月4日の記事「最近の試験問題の構造の分析とその解き方(その1)」で書いた「求めるあっせんの内容」の定型文言例の内容を変えます。塾生とオンライン授業をしながら気付いたのですが、設例の本質を理解していますと言うことを採点者に伝えるためには細かく書いた方がいいだろうと考えていましたが、どうも民訴法に従って訴状のように書くとなると、もっとシンプル(簡潔)であるべきだし、小問(2)以下の内容を先出しするとなると、小問(1)の解答だけを先に書くことに支障が生じるので、次のように改めます。併せて、4月7日の記事「ザックリした話(その3)で、賃金確保法の遅延損害金の利率が年14.6%になっていることの扱いが難しいので要注意と書いていたことについても、この試験では考慮する必要がないという結論に達しました(というよりとことん調べて疑問解消)ので、この点も書き換えてあります。ついでですが、私は民法の用語の雇用契約を多用しますが、労働契約法が施行された今日においては、雇用契約=労働契約と考えて、ご自分の好きな用語を用いて構わないと思います。

*************************************

1.「求めるあっせんの内容」の定型文言例

(1)解雇無効の場合

「Xは、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認することを求める。」

 

「Y社は、Xに対し、令和X年10月から毎月25日限り金OO万円を支払うこと(およびこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年3分(パーセント)の割合による金員を支払うこと)。」―――――――9月末に退職し賃金が当月25日払いになっている場合(9月分は退職前の9月25日に支払済みだから。)

 

「Y社は、Xに対し、令和X年10月25日限り金〇〇円(既発生分の金額)および令和X年11月から毎月25日限り金OO万円を支払うこと(ならびにこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年3分(パーセント)の割合による金員を支払うこと)。」―――――9月末に退職し賃金が翌月25日払いになっている場合(9月分は退職後の10月25日に支払予定だから。)

 

(注)時間外手当の請求が伴う場合、賃金の一部だけを請求する場合(例、交通費を除く。)、賃金が出勤日数で決まる場合、内訳を書く場合などは、工夫が要ります(例、第5回)。

 

「Y社は、Xに対し、令和*年10月1日以降も在職していたら支払われたはずのボーナスの支給がある場合は、その金員につき、夏期は7月++日限り、冬期は12月++日限り支払うこと(およびこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年3分(パーセント)の割合による金員を支払うこと)。」―――――――――9月末に退職し会社業績等によってボーナスの支給の有無が変動する場合

 

「Y社は、Xに対し、令和*年10月1日以降も在職していたら支払われたはずのボーナスについて、夏期は金OO万円を7月++日限り、冬期は金XX万円を12月++日限り支払うこと(ならびにこれらに対する各支払日の翌日から支払い済みまで年3分(パーセント)の割合による金員を支払うこと)。」―――――――――金額は別にしてボーナスの支給が確定している場合

 

(注)そもそもボーナスは会社業績と個人成績に基づいて支給されるものですから、過去に何円支払われたか、月給の何か月分支給されたかだけでは決まりません。しかし、申請書には具体的な金額を書く必要があるので、ここを何円と書くか(控えめに書いても欲深く多い目に書いても無効にはならないの)で、受験生のセンスが問われて、点数に差が付くのかもしれません。

 

(2)出向命令が無効の場合

「Xは、K社に勤務する雇用契約上の義務がないことを確認する。」―――――民訴法の消極的確認訴訟の考え方に基づく。訴訟物は「雇用契約に基づく就労義務の存否」です。配転も同様です。

「Y社がXに対して令和*年**月**日付でなしたK社での勤務を命じる旨の出向命令は、無効であることを確認する。」――――この書き方はX(バツ)だと思います。要注意!

 

(3)慰謝料等の損害賠償請求をする場合(過去には第11回のみ出題)

「Y社は、Xに対し、金〇〇円(およびこれに対する令和*年**月**日から支払済みまで年3分(パーセント)の割合による金員)を支払うこと。」

 

(注)このように、損害賠償の根拠については一切触れないという書き方の方が、訴状なら一般的です。問題は、括弧内の遅延損害金の発生時期をいつにするか(不法行為なら損害の発生時、債務不履行なら請求時)です。

 

(4)未払時間外手当を請求する場合 

「Xは、Y社に対し、金〇〇〇円(未払残業代の金額)を支払うことを求める。」

(注)遅延損害金を請求しない簡単なケースの書き方

 

「Y社は、Xに対し、金〇〇〇円(未払残業代の金額)およびこれに対する令和*年*月*日から支払済みまで年3パーセントの割合による金員を支払うこと。」

 

(注)退職後に請求するケースでは、民法の法定利息が適用になるなら、遅延損害金の利率は3%ですが、退職後の未払い期間の利率は、年14.6%と非常に高額になるおそれがあります。これは民法419条1項、賃金の支払の確保等に関する法律(賃金支払確保法)6条1項、同施行令1条、それぞれによるものです。ただし、賃金支払確保法6条2項では、未払いがやむを得ない事由による場合は適用しないと定めており、これに該当する可能性があれば、当該利率の遅延損害金が適用されない場合もあります。

賃金支払確保法6条2項では、退職後の未払い割増賃金の遅延損害金利率は年14.6という規定に関して、『賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合』という条件を満たす場合、その事由が存在する期間は適用しないとの定めがあります。

この「厚生労働省令」にあたる「賃金の支払の確保等に関する法律施行規則」では、具体例として、天災地変、使用者が民事再生・会社更生等の倒産手続を行っている場合、法令の制約により賃金の支払に充てるべき資金の確保が困難な状況にあること、支払が遅滞している賃金の全部または一部の存否に係る事項について、合理的な理由により裁判所または

 結局、特定社会保険労務士試験第1問の解答では、遅延損害金の利率を年14.6パーセントとすることはなく、すべて民法の法定利率年3パーセントが適用されるものと考えることになりました。

***************************************

 

追伸-2

 来週は、第17回の過去問の解説をします。結構、骨が折れました。

 

同一労働同一賃金に関する情報の整理

 第17回までの過去問において、同一労働同一賃金を論点とする設例は出題されていません。しかし、今後も出題されないという保証はないので、今回、念のために情報を整理しておきます。

 私の記憶が正しければ、「働き方改革」は、第二次安倍政権時代に(厚生労働省ではなく)同内閣で重用されていた経産省官僚が主導で、経団連寄りの政策として始められて、高度プロフェッショナル制度と抱き合わせで進められた改革だったはずです(高プロ社員なんて、中小企業にはいませんから。)。この私の記憶(特に2016年と2018年)を裏付けるために、Wikipediaから引用します。

***************************************

導入の経緯

第1次安倍晋三内閣においては労働ビッグバンが提唱されていたが、後の年金記録問題に追われたため、法案を成立させることはできなかった。

 

2015年(平成27年)の第3次安倍内閣では、4月3日、時間外労働割増賃金の削減・年次有給休暇の確実な取得・フレックスタイム制見直し・企画業務型裁量労働制見直し・高度プロフェッショナル制度創設などを内容とする労働基準法等改正案が、第189回国会に提出された[2]。

 

2016年(平成28年)9月26日、働き方改革実現会議が発足し、翌2017年(平成29年)3月28日、第10回同会議において「働き方改革実行計画」が決定された。先の法案は「サービス残業や過労死を助長する」などの反対があって、一度も審議されないまま2年以上に渡り継続審議の状態が続いていた[3]が、同年9月28日の衆議院解散により審議未了、廃案となった[4]。

 

2018年(平成30年)1月22日、第196回国会における内閣総理大臣安倍晋三の施政方針演説では、働き方改革関連法案は同国会の最重要法案の一つと位置づけられ[5]、閣法として同国会に提出された。衆議院での審議中に裁量労働制の労働時間データを巡って質疑が紛糾し、2月28日に裁量労働制に関わる部分を法案から削除した。

 

6月29日、参議院本会議で自由民主党公明党日本維新の会希望の党・無所属クラブの賛成多数で可決され成立[6]。国民民主党立憲民主党日本共産党などの野党が反対した。同年7月6日に公布され、翌2019年(平成31年)4月1日に順次施行される。

 

内容

2017年(平成29年)9月8日、厚生労働省労働政策審議会に諮問し、同月15日に厚生労働大臣加藤勝信(第3次安倍第3次改造内閣)から「おおむね妥当」と答申された「働き方改革を推進するための関係法律の整備に関する法律案要綱」の要旨は、以下の通り[4]。

 

第1の柱:働き方改革の総合的かつ継続的な推進(雇用対策法改正)

第2の柱:長時間労働の是正と多様で柔軟な働き方の実現等(労働基準法等改正)

時間外労働の上限規制の導入

長時間労働抑制策・年次有給休暇取得の一部義務化

フレックスタイム制の見直し

企画型裁量労働制の対象業務の追加

高度プロフェッショナル制度の創設

勤務間インターバル制度の普及促進(労働時間等の設定の改善に関する特別措置法改正)

産業医・産業保健機能の強化(労働安全衛生法じん肺法改正)

第3の柱:雇用形態にかかわらない公正な待遇の確保

不合理な待遇差を解消するための規定(短時間労働者の雇用管理の改善等に関する法律(パートタイム労働法)・労働契約法改正)

派遣先との均等・均衡待遇方式か労使協定方式かを選択(労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律(労働者派遣法)の改正)

労働者に対する待遇に関する説明義務の強化

行政による履行確保措置と裁判外紛争解決手続(行政ADR)の整備

**************************************

 

 働き方改革の第3の柱(私が引いた上記下線部分)が、いわゆる同一労働同一賃金に関係のある部分です。次に、TMI総合法律事務所労働法プラクティスグループ[編著]「同一労働同一賃金対応の手引き第2版」2021年3月28日第2版発行(以下「TMI本」という。)からP14-16「1政府の狙い」の一部を次に引用します。

<P14>**********************************

 2017年3月28日に公表された「働き方改革実行計画」において、いわゆる同一労働同一賃金の基本的な考え方が以下のとおり示されました。

・正規労働者(無期雇用フルタイム労働者)と非正規労働者(有期雇用労働者、パートタイム労働者、派遣労働者)の間の不合理な待遇差の解消により、非正規労働者の勤労意欲を向上させ、労働生産性の向上につなげる。

・多様な働き方を自由に選択できるようにし、さらには、生産性向上や経済成長の成果を労働者に配分し、日本経済の潜在成長力の底上げを図る。

 このような政府の狙いが示されるとともに、「我が国から『非正規』という言葉を一掃することを目指す」との力強い宣言がなされました。

***************************************

 2018年6月29日に働き方改革関連法が成立し、労働契約法およびパートタイム労働法が改正され、2020年4月1日施行されました。この改正により、旧労働契約法20条が削除され、旧パートタイム労働法の適用対象に有期契約労働者が含まれるとともに、正規労働者と碑石労働者の間の不合理な待遇差解消の実効性を確保するための制度が設けられました。それに伴い、法律の名称も「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」(以下「パート有期労働法」という。)に変更されました。

 さて、問題は、特定社会保険労務士試験で、どのような論点がどのような事例(事実)の形で出題為れるかです。パート有期労働法の条文がヒントになりますので、以下に、同一労働同一賃金に関係する条文を引用します。

<パート有期労働法8条>***************************

(不合理な待遇の禁止)・・・均等待遇

第8条 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者の基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、当該待遇に対応する通常の労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者の待遇との間において、当該短時間・有期雇用労働者及び通常の労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情のうち、当該待遇の性質及び当該待遇を行う目的に照らして適切と認められるものを考慮して、不合理と認められる相違を設けてはならない。

(注)下線を引いた部分は、パートタイム労働法からの改正部分です。本条は、正規労働者と非正規労働者の間の不合理な待遇の禁止を定めた規定です。基本的な内容は旧労働契約法20条と同じですが、一部同法同条とは異なります。

<パート有期労働法9条>***************************

(差別的取扱の禁止)・・・均衡待遇

第9条 事業主は、職務の内容が通常の労働者と同一の短時間・有期雇用労働者(第11条第1項において「職務内容同一・短時間有期雇用労働者」という。)であって、当該事業所における慣行その他の事情からみて、当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が当該通常の労働者の職務の内容及び配置の変更の範囲と同一の範囲で変更されることが見込まれるもの(次条及び同項において「通常の労働者と同視すべき短時間・有期雇用労働者」という。)については、短時間・有期雇用労働者であることを理由として、基本給、賞与その他の待遇のそれぞれについて、差別的取扱いをしてはならない。

(注)下線を引いた部分は、パートタイム労働法からの改正部分です。本条は差別的取扱いの禁止を定めた規定です。旧労働契約法には存在しなかった規定であるため、同法の改正により、有期雇用労働者に対しても適用されることになりました。パート有期労働法8条との違いは、大きく分けて次の2つがあります。①「その他の次条」を考慮しないこと。②「短時間・有期雇用労働者であることを理由とし」た差別的取扱いを禁止していること。

<パート有期労働法12条>**************************

(福利厚生施設)

第12条 事業主は、通常の労働者に対して利用の機会を与える福利厚生施設であって、健康の保持又は業務の円滑な遂行に資するものとして厚生労働省令で定めるものについては、その雇用する短時間・有期雇用労働者に対しても、利用の機会を与えなければならない。

(注)判決例では賃金ばかりに焦点が当たっていますが、給食施設、休憩室、更衣室等の福利厚生施設の利用についても、差別が禁止されました。私が、労働紛争事例で事実を拾い上げる小問を作るなら、このような差別の事実を設例の中に潜り込ませます(意地悪ですが)。

<パート有期労働法14条>**************************

(待遇の説明義務)

第14条 事業主は、短時間・有期雇用労働者を雇い入れたときは、速やかに、第8条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項(労働基準法第15条第1項に規定する厚生労働省令で定める事項及び特定事項を除く。)に関し講ずることとしている措置の内容について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。

2 事業主は、その雇用する短時間・有期雇用労働者から求めがあったときは、当該短時間・有期雇用労働者と通常の労働者との間の待遇の相違の内容及び理由並びに第6条から前条までの規定により措置を講ずべきこととされている事項に関する決定をするに当たって考慮した事項について、当該短時間・有期雇用労働者に説明しなければならない。

3 事業主は、短時間・有期雇用労働者が前項の求めをしたことを理由として、当該短時間・有期雇用労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。

(注)下線を引いた部分は、パートタイム労働法からの改正部分です。本条は、短時間・有期雇用労働者に対する使用者の説明義務を定めた規定であり、旧労働契約法には存在しなかった規定です。これも、私が、労働紛争事例で事実を拾い上げる小問を作るなら、このような差別の事実を設例の中に潜り込ませます。

***************************************

 それでは、もし、特定社会保険労務士試験第1問で、正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間の賃金に「不合理と認められる相違」があるとして、労働者が使用者に損害請求を求めるとしたら、訴訟物(請求の法的根拠)は何になるでしょうか?2つ考えられます。

 1つ目は、不法行為民法709条)で、賃金格差の不合理な部分について、損害賠償請求をするという方法です(ここでは使用者責任は関係ありません。)。2つ目は、労働契約上本来処遇されるべき賃金との差額を債務不履行として、損害賠償請求するという方法です。これら2つの法律構成の違いについては、パワハラやセクハラで何度も述べてきました。

 試験本番では、いずれにしても、拾い上げる事実はほぼ同じで、法的判断の見通しの書き方(勝ち負けを判断した根拠など)が少し違うぐらいです。ただ、能力担保研修の設例として出題されたら、請求権の競合の問題になるので、答案の書き方に工夫が要ります。

 前田本P293-307の『第3章 5 主張書面の書き方 ⑨ 同一労働同一賃金(不合理な差別待遇の禁止)』に、申請人(労働者)が被申請人(相手方・使用者)による不法行為責任を追及するという事例が書かれています。賃金格差については、前田本の該当箇所を読んで勉強してください。

 ここで弁護士池内康裕著「テレワーク導入のための就業規則 作成・変更の実務」清文社2021年7月30日発行のP52に、『パートタイム労働者や契約社員であるという理由だけで、一切、在宅勤務を認めないという制度設計は、パート有期法により、今後、違法と判断される可能性があります。』という、結構刺激的な文章を見つけたので、その根拠についての検討箇所を引用して紹介します。在宅勤務というのは、労働者にとって特典(利益)だという前提なのですね。

<P51③具体的な制度設計>*************************

 まず、人材の採用や定着を目的とする在宅勤務について検討しましょう。本書の執筆時点では、在宅勤務等のテレワークに関する待遇格差について判断した裁判例はありません。在宅勤務と同様に人材の採用や定着を目的とする制度として、病気休暇や休職制度があります。病気休暇や休職制度の待遇格差について判断した日本郵便(東京)事件・最判令和2年10月15日は、「私傷病による病気休暇の日数につき相違を設けることはともかく、これを有給とするか無休にするかにつき労働条件の相違があることは、不合理であると評価することができるものといえる」と判断しました。

 同様に、病気休暇の待遇格差について判断した日本郵便(大阪)事件・大阪高平成31年1月24日は、「長期雇用を前提とする正社員と原則として短期雇用を前提とする本件契約社員との間で、病気休暇について異なる制度や運用を採用すること自体は、相応の合理性があるというべきであり、病気休暇の期間やその間有給とするか否かについての相違が存在することは、直ちに不合理であると評価することはできない。

 もっとも、(中略)契約期間を通算した期間が既に5年を超えているから、前期病気休暇の期間及びその間の有給・無給の相違を設けることは、不合理であるというべきである」と判断しました。

 上記最高裁判決等を踏まえると、人材の採用や定着を目的とした在宅勤務について、例えば、パートタイム労働者や契約社員であるという理由だけで、一切、在宅勤務を認めないという制度設計にした場合は不合理と評価される可能性があります。ガイドラインでも、「テレワークの対象者を選定するに当たっては、正規雇用労働者、非正規雇用労働者といった雇用形態の違いのみを理由としてテレワーク対象者から除外することのないよう留意する必要がある」と明記されています。(ガイドライン・3頁)人材の採用や定着を目的とする在宅勤務については、パート有期法を踏まえると、以下の①~③のいずれかの制度設計が考えられます。(略)

① 原則として、正社員とパートタイム労働者・契約社員との間で差を設けない。

② パートタイム労働者・契約社員在宅勤務を認めるが、付与日数に違いを設ける日本郵便(東京)事件・最判令和2年10月15日)。

③ 契約社員については、契約期間が5年を超えている者を在宅勤務の対象とする日本郵便(大阪)事件・大阪高判平成31年1月24日)。

(注)ここでガイドラインとは、令和3年3月25日に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」のことです。下線は私が引きました。

***************************************

 以上の知識の有無で、第1問小問(2)でXが拾い上げる事実と小問(3)でYが拾い上げる事実が違ってくるとは思いませんが、小問(4)の法的判断の見通しは、上記①~③の基準に当てはまるかどうかで違ってくるというところまでの細かい知識を要求する設問になるかならないか?でも、なったら困りますよね。

 同書P52から、線引きの基準に関して、はっきりと書かれた文章を2箇所引用します。

<P52>***********************************

『なお、いずれの場合も所定勤務日数が一定以上の者のみを在宅勤務の対象とし、その結果、パートタイム労働者や契約社員に待遇格差が生じたとしても問題はないと考えます。』

『しかし、パートタイム労働者や契約社員であるという理由だけで、一切、在宅勤務を認めないという制度設計は、パート有期法により、今後、違法と判断される場合があります。』

(注)下線は私が引きました。

***************************************

  例えば、1年単位の有期雇用労働者Xの勤めるY社では、無期雇用(正規)労働者に

は、無条件で毎週3日以内の在宅勤務を、前週金曜日午後5時までに上司に届出を提出すれば認める一方、1年契約のXには認めないとしたら、違法の可能性が高いと思います。しかし、1年契約のXには、(毎週3日ではなく)毎週2日以内の在宅勤務を正規労働者と同様の届け出制で認めるとしたら、また、Xが1年契約を更新し続けていて、既に8年勤務しているとしたらどうでしょうか?さらに、Y社が週5日働く労働者には週3日以内の在宅勤務を認めるが、週4日以下の労働者には認めない場合で、Xが週3日のパートタイム労働者だったら?

 設問の作り方は色々考えられますが、上記の引用部分中、私が下線を引いた箇所が、判断の基準になると思います。よって、これらは覚えておいてください。もちろん賃金格差の問題の方が出題し易いと思われますので、そちらもきちんと勉強しておいてください。

 過去問にはない論点ですが、第18回(本年度)に出題されてもおかしくはないと思う、今日、この頃です。

 

追伸

今週末、大阪南支部の特別研修会がハイブリッドであります。私は、日曜日に大阪府社会保険労務士会館の手伝いに行きます。写真係です。関係ないか?

練習問題その1(回答)

 9月1日の記事に記載した練習問題の回答を次に貼ります。さて、どのぐらい正解しましたか?私は、民法で使われている雇用契約という用語に慣れていますので、雇用契約を多用しますが、労働契約法でいう労働契約と同義と言われているので、皆さんは、労働契約を使われた方がベターだと思います。老婆心ながら。

 

Ⅰ. 第1問(労働紛争事例問題)

  • 基礎編

(1)小問(1)「求めるあっせんの内容」の解答の書き方の練習

  ① 解雇無効のケース

 A. 解雇が無効で雇用契約が継続していることを請求する場合

          Xは、Y社に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを確認することを 

   を求める。

 B. 無効な解雇をされた後に未払となっている賃金を請求する場合

  ア 令和4年8月31日解雇、賃金は毎月30万円を当月25日払いで、8月分ま  

   では支払い済みの場合(遅延損害金あり)

   Y社は、Xに対し、令和4年9月から毎月25日限り金30万円を支払うこと  

   およびこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員

   を支払うことを求める。

  イ 令和4年8月31日解雇、賃金は毎月20万円を翌月20日払いで、8月分

   が9月20日に銀行口座に振り込まれたことを確認した後にあっせんを申請する

   場合(遅延損害金あり)

   Y社は、Xに対し、令和4年9月1日からの賃金として、同年10月以降毎月20

   日限り金20万円およびこれらに対する各支払日の翌日から支払済みまで年3分

   割合による金員を支払うことを求める。

 (注)主語と目的語の書き方と文末の書き方がリンクします。要注意!

(2)論点ブロックの理解度を確かめる問題

  ① 有効な解雇の公式を書きなさい。

    有効な解雇=原則として就業規則該当の事由(政府見解や判例は例示列挙説・ 懲戒解雇は限定列挙)

就業規則に定める解雇手続の履行(社内規定等に定めがある場合)

労基法の解雇予告手続の履行(予告除外認定を含む)

+法律上の解雇禁止に不該当(法定の禁止)

+解雇を相当とする理由(総合的な判断)(・客観的に合理的な理由・社会通念上の相当性)

 ② 普通解雇

  A. 勤務態度不良による解雇の妥当性の判断要素を2つ書きなさい。

    1. 問題行動の反復・継続性       

    2. 使用者側の注意・指導の有無     

  B. 職務能力不足による解雇の要素を4つ書きなさい。

    1.就業規則に解雇事由の具体的な記載があって、それに該当すること。      

    2.単に能力が他の従業員と比べて劣っているということではなく、その程度

      著しいため改善の見込みがないと認められること。      

    3.会社の統制上または営業面で看過できないほど広範囲かつ深刻なものであ

      ること。 

    4.当該従業員を他の業務に配置転換するなどの方法によっても回避しがたい

      状況に陥っていること。  

  C. 採用時に職種限定の合意がなくても、その後の事情や状況により当該職種に限

    定される場合があるが、それはどのような場合か具体的な事情を書きなさい。

    採用後の特別な訓練、養成などを経て一定の技能・熟練を習得し、長期間当該 業従事してきた者の労働契約が、その職種に限定される場合がある。

  D. 地位特定者の解雇を補強するための契約書の作成上のポイントを5つ書きなさい。

    1.雇用契約書を個別に作成する。      

    2.営業部長や製造部長などの地位を特定する。

    3.雇用契約書に会社が望む仕事の内容・成果を具体的に記載する。

    4.会社が望む仕事の内容または成果を達成出来なければ解雇などの処分を行うと一文を入れておく。

 

Ⅱ. 第2問(倫理事例問題)

1.基礎編                            

(1)条文の理解度を確かめる問題

   次に掲げた法令の条項の空欄を埋めなさい。

(業務を行い得ない事件)***************************

第22条 社会保険労務士は、国又は地方公共団体の公務員として職務上取り扱った事件及び仲裁手続により仲裁人として取り扱った事件については、その業務を行ってはならない。

2 特定社会保険労務士は、次に掲げる事件については、紛争解決手続代理業務を行ってはならない。ただし、第号に掲げる事件については、受任している事件の依頼者が同意した場合は、この限りでない。

 1.紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼承諾した事件

 2.紛争解決手続代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法信頼関係に基づくと認められるもの

 3.紛争解決手続代理業務に関するものとして受任している事件の相手方からの依頼による他の事件

 4.開業社会保険労務士の使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が、紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の協議を受けて賛助し、又はその依頼を承諾した事件であって、自らこれに関与したもの

 5.開業社会保険労務士使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が紛争解決代理業務に関するものとして相手方の協議を受けた事件で、その協議の程度及び方法が信頼関係に基づくと認められるものであって、自らこれに関与したもの

(用語の解説)

  • 相手方」―――――――外形的に紛争があるように見えても、当事者間に実質的な争いがない場合は、相手方にあたらない。
  • 協議を受けて」とは、具体的事件の内容について、法律的な解釈や解決を求める相談を受けることをいう。したがって、単に話を聞いただけであるとか、立ち話や雑談の域を出ないものであって、法律的な解決にまでは踏み込まないものについては、ここでいう「協議を受けて」にはあたらない。
  • 賛助」とは、協議を受けた具体的事件について、相談者が希望するような解決を図るために助言することをいう。内容としては、相談者に対して事件に関する見解を述べたり、とるべき法律的手段等を教えることである。したがって、相談者の希望しない反対の意見を述べた場合等には、ここにいう賛助にあたらない。

(秘密を守る義務)******************************

第21条 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、正当な理由がなくて、その業務に関して知り得た秘密を他人に漏らし、又は盗用してはならない。開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員でなくなったにおいても、また同様とする。

社会保険労務士の職責)―――――――公正誠実義務************

第1条の2 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、常に品位を保持し、業務に関する法令及び実務に精通して、公正な立場で、誠実にその業務を行わなければならない。

(信用失墜行為の禁止)****************************

第16条 社会保険労務士は、社会保険労務士信用又は品位を害するような行為をしてはならない。

(依頼に応ずる義務)*****************************

第20条 開業社会保険労務士は、正当な理由がある場合でなければ、依頼(紛争解決手続代理業務に関するものを除く。)を拒んではならない。

 

(2)利益相反守秘義務違反の判断の練習 

   貴方は、社労士法22条2項他の受任を制限する法令等をまったく知らないとし  ます。次の設問を、民法の双方代理、利益相反関係、守秘義務違反の3点の知識のみで考えて見てください。まず、登場人物の特徴、役割・他社との関係などを整理してから続く質問に回答してください。

① 特定社会保険労務士甲に対し、過去にB社に対する個別労働紛争に関するあっせんの代理を依頼し、あっせん手続によりB社から100万円の損害賠償金を受領した労働者Aが、別の請求原因で新しい勤務先C社を相手方とするあっせんの申請の代理人を甲に依頼してきました。

  B社:過去に労働者Aからあっせんを申し立てられて、損害賠償金を支払った。

  A:過去にB社を相手にあっせんを申し立てて、損害賠償金を受領した。新しい勤務先C社を相手方とするあっせんの代理人を甲に依頼した。

  C社:現在雇用しているAから、甲を代理人にしてあっせんを申し立てられようとしている。

  甲:過去にAの代理人としてB社を相手方とするあっせんを申し立てて損害賠償金を取得せしめた。Aから現在の雇用主C社を相手方とするあっせんの代理人を頼まれた。

  この場合、誰と誰の間に利益相反関係が生じますか?それとも生じませんか?   (答え)①A―B社間の利益相反関係は、損害賠償金の支払いで完了したのでない。

    ②A-C社間は現在利益相反関係にある。③B社-C社間は元々無関係。 

    この場合、誰が誰に何を開示すると、誰に対する秘密保持義務の違反を生じますか?

   (答え)甲がAの秘密をC社に開示すると守秘義務違反になるが、Aの代理人である甲とC社は接点がないので、そのおそれはない。 

    もし、社労士法その他の法令に抵触しないなら、この依頼を受任出来ますか?

   (答え)できる。甲は、誰かの利益相反関係に巻き込まれることはなく、守秘義務違反を引き起こすおそれがないから。 

 

第16回能力担保研修設例2を使った名ばかり管理職・固定残業代制の解説

 前回は第16回(令和2年度)能力担保研修設例1をやりました。今回は、その設例2をやります。論点としては、名ばかり管理職および固定残業代制の2つが組み合わされた事例になっています(請求の内容としては未払い時間外手当の請求になっています。)。2021年6月8日、同年同月11日および同年同月12日の記事を、一部修正して引用します。じっくり読んで理解してください。

 

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その1)**********

 

 まずは、設例の全体像をザックリ説明してから、2つの論点の検討の仕方(説き方)を説明します。昨年の教材をお持ちの方は、一度読んでみてください。

<設例の概要>

 申請人甲が、過去に勤務していた相手方B社に対して、「B社勤務時代に名ばかり管理職扱いを受けて未払いとなっている時間外手当(6,436,650円)に遅延損害金(14.6%)を加えて支払うこと」を内容として、あっせんを請求しました(辞めた社員が可愛がってくれた社長に恩を仇で返す、みたいなストーリーですが、法律問題とは関係しない部分は省きます。)。

 課題としては、甲が提出した申請書に対する相手方B社からの答弁書を書きなさいというものです。相手方B社としては、①甲を工場長に任命し、役員待遇で処遇(権限と待遇)していたので、実質的な管理監督者であって、時間外手当は発生しないと反論するか、②甲に対して支払われていた工場長手当は固定残業代であり、甲がB社工場長時代に働いた時間外労働の割増賃金の一部(大半)は、工場長手当で支払われており、時間外手当の未払い金額は○○円にすぎないと反論するか、のいずれかを答弁書で主張(反論)することになります。もし、これが民事訴訟なら、①と②の両方を並列して主張すると、①で負けることを認めることになるので、①か②のいずれかを選択する必要があります。しかし、これは互譲を前提とする「あっせんの答弁書」ですから、メインの主張を①として、①が認められなかった場合に備えて「予備的に②を主張する」と書いて、和解の落としどころ(○○円なら解決金として支払う気がある)を申請人甲側に示すという高等な戦術もあり得ると考えます(教官弁護士に賛成してもらいました。)。

 答弁書の内容としては、①ならば、甲工場長は実態として管理監督者であったという事実を主張・立証することになり、②ならば、工場長手当が固定残業代であったと甲が認識していたことを主張・立証することになります。集合研修のときは、まず、①で行くか②で行くかを選択する必要に迫られました。私は、この設例の内容ならば、甲工場長は実質的な管理監督者で主張が認められると判断し、同じグループのメンバーも同意したので、①で答弁書を書きました。②で答弁書を書いたグループもありましたが、教官弁護士の意見も①で8割の勝ち目だと言っていました。ちなみに、我がグループは、上述の予備的請求として②も書いておきました。よって、メチャメチャ量が多くなりました。ここまで書いたグループは、同じ部屋には、我々以外にはいませんでした。

 それでは、まず、①名ばかり管理職偽装管理職)の論点について、勉強を進めましょう。菅野本のP491-495「4.労働時間・休憩・休日原則の適用除外」を読んでください。

 労働基準法上(41条)、管理監督者が労働時間管理の対象から除外されるので、時間外割増賃金を支払わなくて構わないということは、皆さんご存じのとおりです。そこで、管理監督者の定義に申請人甲が当てはまるのか?が問題となります。この論点を解くには、管理監督者の定義(当てはまるための要件)が必要です。

 菅野本P491には、「事業主に代わって労務管理を行う地位にあり、労働者の労働時間を決定し、労働時間に従った労働者の作業を監督する者である。このような者は、労働者の労働時間の管理・監督権限の帰結として、自らの労働時間は自らで律することができ、かつ管理監督者の地位に応じた高い待遇を受けるので、労働時間の規制を適用するのが適当とされたと考えられる。」と書かれています。

 行政解釈(昭22.9.13発基17号、昭63.6.14基発150号)は、厚生労働省労働基準局編「労働基準法解釈総覧 [改定5版]」労働調査会発行に全文が載っています。P468から一部抜粋します。

「【監督又は管理の地位にある者の範囲】 法第四十一条第二号に定める「監督若しくは管理の地位にある者」とは、一般的には、部長、工場長等労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者の意であり、名称にとらわれず、実態に即して判断すべきものである。具体的な判断にあたっては、下記の考え方によられたい。記以下略。」

(注)単に長時間労働を強いられていたということだけでは、管理監督者性を不定する要素にはならないという点を、覚えておいてください。もちろん、名ばかりの管理監督者にされることによって、サービス残業を強いられたり、過労死に追い込まれたりすることは多々ありますが、長時間労働や過重労働そのものが管理監督者性の判断要素にはならないということ(ここでの論点ではない)を、しっかり理解しておいてください。

 私が下線を引いた箇所が、この問題(申請人甲は管理監督者だったか?)を解くポイントになります。この実態に即した判断をするための具体的判断基準を探して来て、それに本設例で提供されている事実(過去問と違い、能力担保研修の設例では証拠が提示されます。)を当てはめて、結論を導くというのが、いつも使う法的三段論法になる訳です。

 例えば、安西本P612には、「(3)実態に基づく判断 一般に、企業においては、職務の内容と権限等に応じた地位(以下「職位」という)と、経験、能力等に基づく格付(以下「資格」という)とによって人事管理が行われている場合があるが、管理監督者の範囲を決めるに当たっては、かかる資格及び職位の名称にとらわれることなく、職務内容、責任と権限、勤務態様に着目する必要があること。」と書かれています。実際に職能資格制度を採用している企業で働いたり、顧問先をたくさん持って様々な企業の人事制度を見てきた人には、この「職位」と「資格」の違いを理解することは容易かもしれません。例えば、軍隊で太平洋艦隊総司令官とか南部方面総司令官とか言うのは「職位」であり、大佐とか大尉とか言うのは「資格」という説明ではどうでしょうか。最近は、組織のフラット化とか、「さん付け運動(役員・管理職を肩書きで呼ばない)」とかが流行って、名刺に「主事」、「参事」、「参与」、「主幹」、「監事」とか「専任課長」、「専任部長」とか部外者には意味の分らない役職(資格)を名刺に書いて、しかも身内ではその役職を呼ぶというのに出くわす機会は減りましたが、一部の行政機関、その外郭団体等では見かけますね(労働者の自尊心をくすぐるのでしょうか?)。ちなみに、私は、「さん付け運動」のおかげで、一度も(少なくとも社内では)役職(職位・資格)で呼ばれたことはありませんから、こういうものには興味がありません。むしろ、開業してから「先生」と呼ばれたりすると、「それ誰のこと?」と突っ込みたくなる、今日、この頃、です。

 少し話がそれますが、この呼称の問題が報酬(賃金)に関係するから、話がややこしくなります。例えば、部長なら部長手当、工場長なら工場長手当が支給されるのが普通ですが、これらは「部長」、「工場長」と言った「職位」に付いてきます。一方、「主事」、「参事」、「参与」、「社員1級」、「社員2級」等の「資格」に応じて、基本給がいくら、職能資格給がいくらとかのレンジが賃金規程で決められていて、そのレンジの中で各人の基本給や職能資格給が人事考課に基づいて決められているというのが中堅以上の企業では多いのではないのでしょうか(職務給制・年俸制は、また別の話。)。ですから、部長や工場長からはずれると、当然、部長手当や工場長手当は支給されなくなるのですが、そもそも年齢や経験を評価しての基本給や労働者の能力を評価しての職能給が、その人事異動に連れて下がると言うことは、論理的に考えてあり得ないということになります(病気やけがで労働能力が低下したなら別物)。しかし、現実の世界では、この理屈を理解していない人が多いのか、理解していても無視するのか分りませんが、職位が下がると同時に職能を引き下げて職能給を下げるという事例をよく見かけます。それが、何度か、過去問にも登場しています。この「職位」と「資格」、それらに付随する報酬(賃金)について、混乱しないように気を付けて、以下、読み進めてください。ちなみに、本設例2のB社は中小企業で、客観的な賃金制度はない(職位と資格の分離もない)のですが、創業者でワンマン経営者の頭の中のさじ加減による過去からの実績とそれらしい賃金体系のようなものはあります。

 閑話休題。B社側代理人の作成する答弁書には、申請人甲は、斯く斯く然々の要件を満たすから管理監督者でした、よって時間外割増賃金は発生しませんと記載することになります。そこで、斯く斯く然々の要件に何を使うか?と言うことになります。

安西本P613-614では、平21.3.9東京地裁判決、東和システム事件が引用されて、次のように書かれています。「具体的には、①職務内容が、少なくともある部門全体の統括的な立場にあること、②部下に対する労務管理上の決定権につき、一定の裁量権を有しており、部下に対する人事考課、機密事項に接していること、③管理職手当等の特別手当が支給され、待遇において、時間外手当が支給されないことを十分に補っていること、③自己の出退勤について、自ら決定し得る権限があること、以上の要件を満たすことを要すると介すべきである。」。本設例2で提供されている情報を勘案すると、答弁書では、これらの要件を満たす主張・立証(申請書への反論)が十分に可能だと私は判断し、そのように答弁書を作成しました。

 ところで、いきなり管理監督者性の論点を譲って(負けると判断して)、固定残業代の論点だけで戦うというのは、依頼人B社にとっても納得の行かない対応(代理人の態度としてどうか?)だと思われますし、本設例ではB社側の反論が強いという判断ができるかどうかが鍵になりますが、そのためには、この要件をきちんと定義して、提供された資料を読み込んで、要件に当てはまる事実を拾い上げられるかどうかが、答弁書の出来不出来に影響します。この作業をまじめにやっておけば、試験本番でも慌てずにじっくり設問に取り組めるので、今年、能力担保研修を受けられる方は、準備を怠らないでください。くれぐれも、肩書きだけで管理監督者性を判断したり、答弁書依頼人の感情的な部分を持ち込んだりしないことです(あくまで法律行為の代理人に試験ですから。)。事実の当てはめまでここで書いてしまうと、能力担保研修の楽しみが失われるので(設例の内容がまったく同じとは限りませんし)、今年受けられる方は、教材が送られてきたらご自分で検討してみてください。

 老婆心ながら、特定社労士試験対策としては、紛争事例問題を法的三段論法を使って解くテクニックだけではなく、それを手書きの字数制限のある記述式の答案に仕上げるテクニックも必要ですので、別途その練習も怠らないでください。答案練習は必須ですね。

 

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その2)***********

 

 前回の続きです。まず、固定残業手当(割増賃金を含めた定額賃金)の適法性について検討を進めます。その後で、名ばかり管理職問題に関する情報提供をします。

 本設例2では、B社側の反論として、工場長手当には、元々、固定残業代分が含まれている(手当全額が固定残業代相当額とまでは言わない)ので、請求されている満額(時間外手当(6,436,650円)に遅延損害金(14.6%)を加えて)を支払う必要はない(一部は支払い済み)という反論が答弁書で展開されることになります。

 全体像を理解するために、菅野本のP523-524「一定限度の時間外労働に対する割増賃金を含めた定額賃金の適法要件」を読んでください。

 そもそも、固定残業代制が適法なのか?という論点があります。同制度が適法とした場合、(1)想定された残業時間数内の時間外労働ならその手当の支給をもって時間外割増賃金が支給されたとみなして別途時間外割増賃金の請求はできないのか?(2)想定された残業時間数を超えても一切時間外割増賃金を支払わなくても構わないか?(3)それとも実際に働いた時間外労働に見合う時間外割増賃金が固定残業代を超えたら超過分を支払う必要があるか?の3つの疑問((2)と(3)は裏表ですが)が湧きます(これがまた論点になります。)。

 安西本P307には、『この点について判例は、「労使間で、時間外・深夜割増賃金を定額として支給することに合意したものであれば、その合意は、定額である点で労働基準法37条の趣旨にそぐわないことは否定できないものの、直ちに無効と解すべきものではなく、通常の賃金部分から計算した時間外・深夜割増賃金との過不足額が計算できるのであれば、その不足部分を使用者は支払えば足りると解する余地がある。」(平11.7.19高松高裁判決、平11.12.14最高裁三小決定、徳島南海タクシー事件)』と記載されています。少し空けて、安西本P307-308には、「予定割増賃金分が明確に区分されて合意された旨の主張立証も、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されていた旨の主張立証もない本件においては、被告の主張はいずれにしても採用の限りではない。」(昭62.1.30東京地裁判決、昭63.7.14最高裁一小判決、小里機材事件)とされている。」とも記載されています。

 安西本P631-635に「8 [管理監督者性を否定された場合の役職手当等は割増賃金に充当できるか]という項があります。そこには、『従業員について、それまで時間外や休日労働の対価的な意味も含めて役職手当等が支払われているときその取扱いが問題となる。この点については、役職手当等に時間外労働手当相当分が含まれていることが明白であり、それが区分可能である必要がある。そのような場合でなければ、「地位の昇進に伴う役職手当の増額は、通常は職責の増大によるものであって、昇進によって管理監督者に該当することになるような場合でない限り、時間外勤務に対する割増賃金の趣旨を含むものではないというべきである。仮に、被告としては、右役職手当に時間外勤務手当を含める趣旨であったとしても、そのうちの時間外勤務手当相当部分または割増賃金相当部分を区別する基準は何ら明らかにされておらず、そのような割増賃金の支給方法は、法所定の額が支給されているか否かの判定を不能にするものであって許されるものではない。そうすると、原告には時間外勤務手当に相当する手当が実質的にも支給されていたとは認められない。」(平11.6.25大阪地裁判決、関西事務センター)といったように、地位、職務、権限、責任といったものの対価としての賃金と認められることになってしまう。』と記載されていて、引き続いて使用者側の対策案が示されていますが、省略します(興味のある方は、安西本で直接調べてください。)。少なくとも、本設例2では安西本の提案する対策は取られていませんでした。

 付随する論点として、安西本P635-637には、「9 [管理監督者に対する深夜業割増賃金の問題]」が記載されています。社労士の読者は、管理監督者であっても深夜業の割増賃金を支払わなければならないことはご存じだと思います。役職手当等に深夜業の時間外割増賃金を含めていると解釈できるかどうかという論点については、上述の通常の時間外手当と考え方は同じです。詳しくは、安西本をお読みください。他の細かな論点についても書かれています。

 菅野本のP524には、労働者による割増賃金の(事前)放棄の要件2つに係る判決を紹介した後、「一定限度までの時間外労働に対する割増賃金を基本賃金に含めてしまう固定残業代制が労基法(37条)に適合するには、ⓐ基本賃金の中で通常の労働時間分の賃金部分と割増賃金の部分とが区別できるように仕分けをし(本設例では、この部分が非常にあやふやです。)、ⓑその割増賃金の部分が、何時間分の時間外労働(および深夜労働)をカバーするのか(同条所定の割増賃金の額を下回らないことが必要)を明示することが必要であり、かつ、ⓒそのカバーする時間分を超える時間外労働には、別途、割増賃金(同条所定の額以上のもの)を支払うことが必要である。」と記載してあります。また、菅野本P524の欄外には、「東京高判平30.10.4―イヌクーザ事件」が紹介されていますが、過労死認定基準の月80時間の時間外労働を常態化させるような固定残業制は、公序良俗違反で無効としたことに驚きました。試験で、こんな論点が隠されていたら、ほとんど誰も気付かないのではないでしょうか。

 以上、色々と検討してきましたが、これらは、そもそも、固定残業代に時間外割増賃金が含まれていると主張するには、事前に労使間にその旨の合意があったことが前提で、後出しジャンケンのように使用者が、「毎月定額で支払っていたあの手当には、残業代何時間分が含まれていた」と言っても、認められませんよと言っています(加えて、その合意の内容が大きなポイントです。)。第16回の能力担保研修を受けられた方は、ここまで読んだら、設例2では、工場長手当には固定残業代が含まれていたから申請人甲の請求額から差し引けると主張(反論)することは、入り口でムリだったと気付いたはずです。きちんと、法律を勉強した人のいるグループなら、②の主張を前面に押し出した答弁書を書くことはなかったと思います。いくら、過去の両当事者の会話や支払い名目を分析し、時間数や金額を精緻に計算してみても、あっせんの場で申請人甲の代理人に入り口の議論で全否定されて、下手をすると請求額満額を認めさせられるという惨めな結果を招くことになるので、法律の勉強をしっかりしましょうというのが、受験生と合格者への切なる願いです。もちろん、事実を検討して、当方が明らかに弱いときは、屁理屈でもなんでも良いから、とにかく書くという努力は避けては通れませんが。長くなって来ました。

 

第16回(令和2年度)能力担保研修・設例2の解説(その3)**********

 

 今回は、「名ばかり管理職」の問題について書きます。

 もし、自分の勤める会社に、部下もいない、仕事も平社員と変わらない支店長、工場長、部長、課長など名ばかり管理職がいて、名刺に(名ばかりの)役職を記載して、安月給も気にせず機嫌良く(毎日定時退社で)働いていたとしたら、何か問題になるでしょうか?もちろん、取引先がその名刺の肩書きを信用して権限のない社員と取引をして損害を被るとかいう話は論外としても、雇用者対被用者の関係で言うと問題はないと思うのですが、いかがでしょうか?周囲から陰口をたたかれても、本人が気にしなければ(昔は、「窓際族」と呼ばれる社員も定年まで勤めていました。)。

 昔から、長時間労働をいとわずに働く有能な社員を早く管理職に出世させて、時間外手当(営業だと高額の売上歩合給も)の代わりに定額の役職手当を支給して長時間労働や精神的・肉体的負担の大きい労働をさせる(それでライバルとの競争に駆り立てる)ということは、普通に行われてきました。報酬や待遇がその労働の責任・権限・時間等に見合って、頑張ればさらに上を目指せるなら(それと、働き過ぎにならない程度なら)と労働者も頑張って働いてきたはずです。以前、書きましたが、昔は、出世したら仕事が楽になって、威張って、交際費は使い放題などの役得がありました(森繁久彌の社長シリーズ(東宝)みたい。)。

 私が大学を卒業した今から40年ぐらい前は、インターネットどころかファックスもなく(海外へはテレックス)、電話は固定電話だけで長距離電話料金は従量制で高く(国際電話はもっと)、宅配便はなくて郵便小包を郵便局に持参していました。月給は、やっと銀行振込になっていましたが、数年前までは、各会社に給与係とかいう部署があって、毎月末には、銀行から現金を運んできて従業員1人1人の給料を現金で封筒に入れて配布していました(現金払い、直接払い)し、土曜日は半ドンといって、午前中は勤務がありました(週休二日ではなかった。)。そのような時代ですから、例えば、東京や大阪に本社のある大企業の名古屋や福岡や札幌の支店には、支店長がいて(地方の工場や研究所にも同様の責任者が)、銀行に当座預金口座を持って、手形・小切手の発行や、営業・販売や売掛金の回収、仕入れや在庫の判断、経費の支払等を本社とは独立して(自らの判断で)やっていました(給料も高く様々な役得もありました。)。だから、昔の支店長、部長、研究所長、工場長などは、労働基準法が言う管理監督者に相応しかったのです。

 しかし、バブル経済崩壊後(1990年)、特にリーマン・ショック後(2009年)は、従業員を、実態の伴わない「名ばかりの管理職」にして、権限・責任・待遇(特に賃金)の伴わない労働者を、過酷な長時間労働に追い込んで、サービス残業の強要は言うに及ばず、精神疾患による休職・退職、過労死、過労自殺等を引き起こす事例が多発し、法廷闘争になることが多くなりました。もちろん、法廷闘争は弁護士が代理人となって行われますから、シリアスな案件が特定社会保険労務士に回ってくるとは思われませんが、名ばかり管理職に対する残業手当の未払い」の事件を依頼されること(労働者と使用者のいずれからも)はあるでしょうし、特定社労士試験で出題される論点になってもおかしくはないので、よく勉強しておく必要があると思います。特に、この論点は、2008年1月28日付け東京地裁日本マクドナルド名ばかり店長判決から注目を集めるようになりました。

 東京管理職ユニオン監修「偽装管理職ポプラ社2008年4月発行P12-13「裁判の背景」には、次の記述があります。『管理職のタダ働きを正当化させてしまう根拠になっているのは、労働基準法第41条2号の文言である。ここに、「監督若しくは管理の地位にある者」には、「労働時間、休憩及び休日に関する規定」が適用されないと書かれているのだ。そして、多くの企業は、この法律をタテにして社員に残業代の支払を渋ってきた。ちょっと仕事のできる者は管理職にしてしまえば残業代を払わないで済む、というわけだ。多くの企業は、労働基準法を強引に拡大解釈することで、管理職にタダ働きを命じてきたのである。こうした企業側と、タダ働きを強要される「管理職」との闘いは、いまに始まったわけではない。実は今回のマクドナルド裁判と似たような訴訟は、1956年におきたものを皮切りにして、現在までに33件が発生している。有名なところでは「レストラン『ビュッフェ』裁判」「三栄珈啡裁判」「風月荘裁判」といった訴訟があるのだが、33件の訴訟のうち30件は、原告側が勝訴している。つまり、企業側の「第41条拡大解釈」に対しては、司法は基本的に「否」をつきつけているのである。』

 しんぶん赤旗日曜版編集部著「追求!ブラック企業新日本出版社2014年11月発行P58-60「月330時間労働も/元店長Bさん(39歳)」には、次の記述があります。『ユニクロは店長を労働基準法の「管理監督者」、いわゆる管理職にしています。そのため何時間働いても残業代を支払わなくて済むのです。「月に330時間以上の労働もざらだった」と語る元店長Bさん。「柳井さんは店長を”独立自尊の商売人”と言います。しかし、実際は本社方針に従う部分が多く、まさに”名ばかり管理職”だった」と告発します。<中略>「店長と言っても裁量権はほとんどなく、長時間労働を強いられ、給料面で管理監督者に見合う待遇が保障されていない人は到底管理監督者とはいえない」』。

 近い将来の特定社会保険労務士試験で、第16回(令和2年度)能力担保研修設例2に似た問題が出題されて、まさに労働者が名ばかり管理職の扱いを受けて、未払い残業代を請求出来る(勝てる)事例が出るか、それとも実質的管理監督者として労働者が負ける事例が出るかは分りません。いずれにしても、どのような雇用契約の内容(労働条件、処遇、待遇等)および労働の実態から、「名ばかり」なのか「実質的」なのかを判断するために、たくさんの事例にあたっておく必要があると考えます。上に紹介した、2冊は、いずれも(おそらく)弁護士によって書かれていて、情緒的ではなく淡々と事実を述べた後に、法的評価を書いてあるので、試験の問題文を読む練習にもなると思います(本の後半部分に書かれている団体の主張の部分は、飛ばして読んでください。あくまで事例研究の目的の読書ですから。)。

 おまけです。月刊社労士2021年(昨年)5月号P60-61「歴史はかく語りき 故事から読みとるビジネスマネジメント」という同門冬二さんの記事に、「名目的スタッフ幹部の扱い」という項があります。こういうのを閑職と呼んでいましたが、名ばかり管理職とは、呼びませんでした。高度成長期の大企業にはこのような人たちが、結構たくさんいました。面白い記事なので読んでみてください。

 余談ですが、上述のような書籍はたくさん出版されていて、労働紛争事例問題の設問になりそうな事案(判例)に関する情報は溢れています。特定社会保険労務士試験の出題者は、受験生が「これって、あの本に載っていた事例だ、ラッキー!」なんて思わないように、様々な書籍を読んで(ネットの情報も)、既存の事例をいかに避けながら、特定社会保険労務士に身に付けて欲しい知識やその運用能力を試す良問を作るかに腐心されていることと推察します。逆に言うと、(出題者との知恵比べかも知れませんが)実際の事例とその分析をたくさん読んでおくと、本番で役立つのではないかと思う、今日、この頃です。

 

一昨日、練習問題の記事を書いています。

 

練習問題(その1)

 能力担保研修の教材やビデオを見て、これらと過去問がどこでどう繋がっているのだろう?と疑問を持たれた方が多いと思います。初受験の方は、この間をつなぐ受験勉強が要るというところまではお分かりになったと思います。再受験の方は過去に経験したことと思います。そこで、本年度の塾生が取り組んでいる練習問題を少し公開します。さらさらと解ける方は、凄いですね。今の時点では、参考書や私のブログの記事を見ながらで構いませんから、試しに解いてみてください。回答は、9月4日に記事にします。

 

Ⅰ. 第1問(労働紛争事例問題)

  • 基礎編

(1)小問(1)「求めるあっせんの内容」の解答の書き方の練習

  ① 解雇無効のケース

  1. 解雇が無効で雇用契約が継続していることを請求する場合

                                     

                                        

  1. 無効な解雇をされた後に未払となっている賃金を請求する場合

ア 令和4年8月31日解雇、賃金は毎月30万円を当月25日払いで、8月分までは支払い済みの場合(遅延損害金あり)

                                        

                                           イ 令和4年8月31日解雇、賃金は毎月20万円を翌月20日払いで、8月分が9月20日に銀行口座に振り込まれたことを確認した後にあっせんを申請する場合(遅延損害金あり)

                                        

                                        

(2)論点ブロックの理解度を確かめる問題

  ① 有効な解雇の公式を書きなさい。

                                        

                                        

                                        

                                        

                                        

 ② 普通解雇

  A. 勤務態度不良による解雇の妥当性の判断要素を2つ書きなさい。

    1.                                  

    2.                                  

  B. 職務能力不足による解雇の要素を4つ書きなさい。

    1.                                     

    2.                                     

    3.                                     

    4.                                     

  C. 採用時に職種限定の合意がなくても、その後の事情や状況により当該職種に限     

   定される場合があるが、それはどのような場合か具体的な事情を書きなさい。

                                         

                                         

  D. 地位特定者の解雇を補強するための契約書の作成上のポイントを5つ書きなさ  

   い。

    1.                                   

    2.                                   

    3.                                   

    4.                                   

    5.                                   

 

Ⅱ. 第2問(倫理事例問題)

1.基礎編                            

(1)条文の理解度を確かめる問題

   次に掲げた法令の条項の空欄を埋めなさい。

(業務を行い得ない事件)***************************

第22条 社会保険労務士は、国又は地方公共団体の公務員として職務上取り扱った事件及び仲裁手続により仲裁人として取り扱った事件については、その業務を行ってはならない。

2 特定社会保険労務士は、次に掲げる事件については、            を行ってはならない。ただし、第 号に掲げる事件については、             が同意した場合は、この限りでない。

 1.紛争解決手続代理業務に関するものとして、相手方の         し、又 

  はその      した事件

 2.紛争解決手続代理業務に関するものとして相手方の       事件で、そ 

  の協議の   及び         に基づくと認められるもの

 3.紛争解決手続代理業務に関するものとして        事件の相手方からの

  依頼による   事件

 4.開業社会保険労務士の使用人である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社 

  員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、

  その開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が、紛争解決手続代理業務に関す 

  るものとして、相手方の協議を受けて   し、又はその依頼を   した事件で

  あって、自らこれに   したもの

5.開業社会保険労務士    である社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社

 員若しくは使用人である社会保険労務士としてその業務に従事していた期間内に、そ

 の開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人が紛争解決代理業務に関するものとし

 て             を受けた事件で、その協議の   及び   が       

 信頼関係に基づくと認められるものであって、   これに   したもの

(用語の解説)

  •     」―――――――外形的に紛争があるように見えても、当事者間に実質的な争いがない場合は、    にあたらない。
  •        」とは、具体的事件の内容について、法律的な解釈や解決を求める相談を受けることをいう。したがって、単に       だけであるとか、立ち話や雑談の域を出ないものであって、     な解決にまでは踏み込まないものについては、ここでいう「        」にはあたらない。
  •    」とは、協議を受けた具体的事件について、相談者が        を図るために助言することをいう。内容としては、相談者に対して事件に関する見解を述べたり、とるべき       等を教えることである。したがって、相談者の希望しない   の意見を述べた場合等には、ここにいう    にあたらない。

(秘密を守る義務)******************************

第21条 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、      がなくて、その業務に関して知り得た   を他人に漏らし、又は   してはならない。開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員でなくなった  においても、また同様とする。

社会保険労務士の職責)―――――――       義務***********

第1条の2 開業社会保険労務士又は社会保険労務士法人の社員は、常に   を保持し、業務に関する法令及び実務に   して、   な立場で、   にその業務を行わなければならない。

(信用失墜行為の禁止)****************************

第16条 社会保険労務士は、社会保険労務士    又は    を害するような行為をしてはならない。

(依頼に応ずる義務)*****************************

第20条 開業社会保険労務士は、            がある場合でなければ、依頼(                 に関するものを除く。)を拒んではならない。

 

(2)利益相反守秘義務違反の判断の練習 

   貴方は、社労士法22条2項他の受任を制限する法令等をまったく知らないとし 

 ます。次の設問を、民法の双方代理、利益相反関係、守秘義務違反の3点の知識のみ 

 で考えて見てください。まず、登場人物の特徴、役割・他社との関係などを整理して

 から続く質問に回答してください。

① 特定社会保険労務士甲に対し、過去にB社に対する個別労働紛争に関するあっせんの代理を依頼し、あっせん手続によりB社から100万円の損害賠償金を受領した労働者Aが、別の請求原因で新しい勤務先C社を相手方とするあっせんの申請の代理人を甲に依頼してきました。

  B社:                                   

  A:                                    

  C社:                                   

  甲:                                    

                                    

  この場合、誰と誰の間に利益相反関係が生じますか?それとも生じませんか?   (答え)                                 

                                 

  この場合、誰が誰に何を開示すると、誰に対する秘密保持義務の違反を生じますか?

   (答え)                                 

                                  

    もし、社労士法その他の法令に抵触しないなら、この依頼を受任出来ますか?

   (答え)                                 

                                   

 

                                    以 上