3月20日の記事で紹介した目次の(1)について、ザックリした話を書いてきましたが、今回がその3回目で、終わりです。昨年3月23日・24日・26日の記事の一部を、次に引用します。時間軸が1年古いことと、参照されている中央発信教材が第16回(令和2年度)用だということを覚えていてください。
第16回(令和2年度)民法の勉強法(補足)*******************
令和2年(2020年)4月1日改正の民法で、特定社労士試験に出題されたらややこしい論点があります。それは、「消滅時効」(期間)と「遅延損害金」(法定利息)の問題です。
「消滅時効」はそれまでの短期消滅時効の制度(はるか昔に「今日こそ日曜」と言って覚えました。)がなくなって、「賃金」も「退職金」も5年に統一されましたが、賃金は当面3年の経過措置があります。
賃金債権の消滅時効期間が2年から5年に延長されるが、当分の間は3年というのは、こちらの厚生労働省のリーフレットを見てください。
https://www.mhlw.go.jp/content/000617974.pdf
「法定利息」については、商事債権6%・民事債権5%が、商事債権が廃止されて民事債権の3%(数字は変化します。)に統一されましたので、民法改正前に会社(商人)が支払を遅延した賃金は商事債権として6%として請求できましたが、民法改正後は会社の未払い賃金の遅延損害金は3%に統一されました、と言うほど話は簡単ではありません。退職金はこれで良いのですが(これでも未払い期間が令和2年4月1日をまたぐと改正前の民法が適用されて計算がやっかいですが)、毎月の給料は、「賃金の確保に関する法律」で遅延損害金が高く設定されています(賃金をきちんと支払わせる圧力だと思います。)。
「賃金の確保に関する法律」に次の条文があります。
(退職労働者の賃金に係る遅延利息)
第六条 事業主は、その事業を退職した労働者に係る賃金(退職手当を除く。以下この条において同じ。)の全部又は一部をその退職の日(退職の日後に支払期日が到来する賃金にあつては、当該支払期日。以下この条において同じ。)までに支払わなかつた場合には、当該労働者に対し、当該退職の日の翌日からその支払をする日までの期間について、その日数に応じ、当該退職の日の経過後まだ支払われていない賃金の額に年十四・六パーセントを超えない範囲内で政令で定める率を乗じて得た金額を遅延利息として支払わなければならない。
2 前項の規定は、賃金の支払の遅滞が天災地変その他のやむを得ない事由で厚生労働省令で定めるものによるものである場合には、その事由の存する期間について適用しない。
(平一一法一六〇・一部改正)
つまり、(退職後の)毎月の給料(賃金)の未払い分の遅延損害金は年14.6%と定められているので、民法の特別法としての同法が適用されて、14.6%請求できるというか、調停・あっせんの申請書(答案)には14.6%と書かなければならないということになります(在職中に請求するなら法定利率の3%です。お間違いのないように。)。
以上のような事情があるので、令和2年(2020年)4月1日をまたぐ、賃金や退職金の請求事件の問題を出したら、事例の事実を要件に当てはめて結末を予想するという曖昧な問題の解き方の基準より、上述の法律知識のあるなしで点数が決まるという、特定社労士試験の趣旨とは違う結末になりそうなので、出題しにくいのかなと推測しています。実際、最近の問題では「遅延損害金は考慮しなくて良い」と書いてあるし、退職後5年経過してから請求とかいう設例はみたことがないので、まあ、そうなのかな?と思っています。
しかし、この話は、特定社労士試験とは関係なく、通常の社労士業務にも必要な知識なので、当たり前に出題されてもおかしくないかな?とも思っています。
もう一つ、民法の時効と遅延損害金で気を付けなければならないのは、時効の起算点(何時から支払が遅延したのか?)の問題です。特に、賃金・退職金など契約の債務不履行に基づく遅延損害金とパワハラ、セクハラ等の不法行為に基づく賠償金では、支払義務が生じた時点の考え方が違う(それだけでなく不法行為は消滅時効期間も違う)ので、これを書き分ける必要があります。この点も、「遅延損害金は考慮しなくて良い」という出題形式になっている一因かな?と推測しています。
ここら辺りの論点は、(万一、出題されるとお手上げになるので)時間のあるうちに、民法の勉強と一緒に整理しておいてください。慌てて書いたので、何か、内容に自信がありませんので、ご自身でよく勉強してください(老婆心ながら。老婆ではなく爺ですが。)。
(注)特定社会保険労務士試験にも民法改正が少なからず影響しています。ここでのポイントは、民法改正のお陰で、法定利率は商事法定利息が廃止されたので、令和2(2020)年4月1日以降の(遅延損害金等の)法定利率は(当面)3%と覚えておけば良いと言うことです。もっとも、ここ数年、特定社会保険労務士試験第1問(労働紛争事例問題)の小問では、「遅延損害金の請求は不要」と注意書きがなされていて、3%や14.6%といった数字の使い方で悩むことはなかったのですが、さて、今後はどうなるのかは分りません。
(新注)この話は、昨年書きましたが、細かくて難しすぎるので、「法定利率が年3%になった」こと以外は、当面忘れていただいて結構です。
憲法と刑法が交わって労働紛争に影響している部分****************
前回、民法の勉強が重要であるというお話をしましたが、果たして、「憲法と刑法の勉強はどうすれば良いのか?」という問題が残っています。どちらも入門書をお読みくださいと言ってしまうのは簡単ですが、特定社労士試験対策としては、ちょっとやり過ぎの感じがします(負担が重すぎる。)。よって、時々、憲法と刑法が労働紛争にもたらす影響に絞った説明をしたいと思います。私の昨年度の失敗の反省文みたいなことばかりを書いていると、私自身の気が滅入りますので、私が昨年度の受験勉強中に気付いた視点から、少しずつ説明をします。
まず、日本国憲法第31条は、「何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられない。」と定めています。この条文は、憲法の中で刑法に関する定めをした箇所の一部です。それでは、この条文が刑法に与えている影響について、次のWebsiteが分りやすく書かれているので、一度、読んでみてください。
http://kyo-in.com/narutameni/menkyo/reeport/post-284
このWebsiteに登場している刑法の用語(例えば、刑罰法規の明確性、罪刑の均衡、刑罰の謙抑性、罪刑法定主義、事後法禁止など)が、労働紛争のどのような場面に影響しているか?について、お気づきになりましたか?
会社で従業員(労働者)の懲罰に直面した方や懲罰を受けた従業員(労働者)から相談を受けた方は、理解しやすいと思います。それは、従業員(労働者)が、会社(職場)で不祥事(例えば、暴力事件、横領、無断欠勤、セクハラ、パワハラなど)を引き起こした際に、会社が当該従業員をどのように処罰するかということを考える際の基準が、この憲法第31条から導かれる刑法(刑罰)の基本原理に従って形作られているということです。
「あいつは会社に損害を与えた悪い奴だから、即刻懲戒解雇だ!」と社長が叫んでみても、就業規則に懲罰するための手続(客観的証拠の収集、本人の反論の機会、公正な判断機関など)、対象となる行為(暴力、窃盗、横領、懈怠など)、悪さ加減に応じた懲罰のレベル・種類(譴責、減給、出勤停止など)などが定められていていなければ(過去の懲罰実績との均衡の考慮などの要素もありますが)、懲戒にはできないことは労働基準法から考えて当たり前だと思われるでしょう。実は、この労働基準法の考え方、実際の個別労働紛争の際の判例の考え方は、上記の憲法と刑法の考え方に基づくものなのです。
したがって、従業員(労働者)の懲戒をテーマとする労働紛争事例の問題を解く際には、単に労働基準法の条項に適合しているかだけではなく、(民事なので直接刑法は適用されませんが)憲法と刑法の考え方を思い出して、果たして、合理的で社会的相当性のある懲罰の内容と手続がなされているかを検討してください。
併せて、従業員(労働者)の懲罰の際には、「一事不再理」、「二重処罰の禁止」という用語も考慮要素になる場合があります(過去問に出ています。)。これはご自分で調べてみてください。
(注)社会保険労務士の試験や仕事では、刑法の知識が要ることはほぼないとは思いますが、懲戒の場面では、刑法の概念がよく使われているので、ここで挙げた法律用語ぐらいは、法律学小辞典で調べておいてください。併せて、懲戒解雇の無効を争う場合の労働契約法の条文は、第15条(懲戒)であって、第16条(解雇)ではないということ、つまり、懲戒解雇は「解雇」の一類型ではなく、「懲戒」の一類型であるということを覚えておいてください。今、私の言っていることがまったく理解できなくても、心配しないでください。勉強が進むと、だんだん理解できるようになります。
中央発信講義の教材とビデオについて**********************
8月下旬にA4で約530ページの「特別研修 中央発信講義 教材」(以下「本テキスト」という。)が8科目30.5時間のビデオの教材として送られてきました。その内容について、若干紹介します。
最も試験に関係しそうで重要なのは、P9~の「専門家の責任と倫理」馬橋隆紀弁護士です。倫理事例問題の基本的な情報が全部載っていますし、馬橋弁護士のお話も蘊蓄があるので、時間があれば何度も聞いて、頭に叩き込んでください。特定社労士試験で30/100点を占める倫理事例問題ですが、社労士試験では問われたことも経験したこともない(はずの)分野なので、しっかり基本を身につけましょう。本テキストの最初に出てくるので、総論的なことを言っていて、あまり試験とは関係ないだろうとサラッと聞き流すなんてことのないように。
私は、各パートの本テキストを読んで(予習して)からビデオを見ていきましたが、1回目の視聴期間が終わった後に、復習のためにビデオを観ることのできる期間が設けられていたので、再度、全部、復習のために観て、この講義の重要性に気付きました(なんでも後で気付く方です。)。倫理事例問題の情報源としては、本テキストと同時に送られてきた「第16回(令和2年度)特別研修 グループ研修・ゼミナール教材」P77~のゼミナール部分と関係法令等の書かれた参考資料が重要です(これらを使って倫理事例を解くテクニックについては、後日説明します。)。
P39~の「憲法(基本的人権にかかるもの)」毛利透教授では、基本的なことが書かれています。思想信条の自由、表現の自由、職業選択の自由ぐらいまでをカバーしています。憲法第28条と労働三権の関係については、P123~「労使関係法」村田毅之教授のパートで出てきます。第二次世界大戦後の労働運動華やかなりし時代の名残で、労働法と言うと労働組合法のことだと私は学生時代に教えられましたが、現代は、個別(個人の)労働紛争に主役が交代していますし、特定社労士試験自体が、個別労働紛争手続代理業務の試験なので、知識として知っておく必要はありますが、ここの論点を問われる可能性はかなり低いと思われます(ゼロとは言いません。)。
本テキストの残りの部分は、労働紛争事例を解く際の知識となるのですが、それぞれの講師がご自分で書かれた原稿を寄せ集めた感が否めず、全体を通しで読むと非常に読みにくいです。しかし、しっかり予習してからビデオを観ると、(全員とは言いませんが)それぞれの講師が工夫を凝らしてためになるお話をしてくれているので、まじめに視聴しましょう。法改正があって、ビデオを取り直して、継ぎ足した部分があって、講師が急に途中から老けたりしているのはご愛敬として、笑って許してあげてください。
以上のように、本テキストは情報が満載で、試験対策の参考書またはハンドアウトとしては不適格だと思いますので、労働法に関するまとまった教科書が一冊欲しいところです。
(注)労働法の基本書としては、連合会の推薦図書の1つでもある、菅野和夫著「労働法<第12版>」弘文堂をお勧めします。基本書として優れていることと、私のブログでは、この本を引用する場合が多いことが理由です。民法の基本書としては、潮見佳男著「民法(全)第2版」有斐閣2019年3月25日第2版をお勧めします。菅野本ほど、小さな字がギッシリ詰まっているという感じではありませんから、読み易いと思います。
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次回から第1回の試験問題の解説をします。