TokuteiJuku’s blog

特定社労士試験の勉強と受験

第16回能力担保研修教材を使ったパワハラの論点解説(設例1)

 8月6日の記事から第11回(平成27年度)第1問を使ったパワハラの論点解説をやりましたが、職場ぐるみ・会社ぐるみの「いじめ」の場合に、従来から使われてきた「特定の上司によるパワハラ不法行為)+使用者責任」という法律構成がそぐわなくなっているので、雇用主側の債務不履行安全配慮義務違反)構成に向いている事例問題として、第16回(令和2年度)能力担保研修の設例1を解説します。 今回は、元ネタになる2021年のブログの記事がないので、一から原稿書きをしたので、調査・検討にかなりの時間がかかりました(泣き言、言訳?)。

 第16回(令和2年度)能力担保研修のグループ研修・ゼミナール教材を入手出来る方は、それを読んでいただけると、能力担保研修の答案(申請書)の書き方の勉強になると思います。まずは、設例1の(かなり簡略化した)事実の概要を書きます。

 

<事実の概要>

(1)申請人は、46歳で、妻と中三の娘との三人暮らしの労働者Mです。

(2)相手方は、Mの雇用主Y社です。

(3)平成12年(2000年)4月1日、M(当時26歳)とY社は、労働契約を締結しました。

(4)令和2年(2020年)9月30日(付け)、Y社はMに対して(普通)解雇を通知した。

(5)Y社の解雇理由は、就業規則第25条2号の「職務遂行能力、勤務成績が著しく劣り、または業務に怠慢で向上の見込みがないと認められたとき」に該当したと判断したこと。

(6)Mの請求は、第1番目に「復職」、2番目には職場の上司・同僚等による「いじめ・いやがらせ」への損害賠償請求です。

(7)Y社はMに自宅待機命令をしてMが自宅待機をしている間に、一方的にMを「主任」から解職し、「主任手当7,000円」を不支給としたことが合法か、違法かという付随論点はありますが、これは次回の記事で説明する「名ばかり管理職」の問題ですから、今回は省略します。

 

 大きな論点としては、2つ考えられます。まず、「Y社によるMの普通解雇は有効か?」です。これは、判例法理から来て労働契約法第16条に規定された「解雇権濫用法理」が当てはまって解雇無効となるか、それとも当てはまらずに解雇有効となるかです。これは、5月7日第2回試験問題の解説(その1)の記事に解き方を書いてあるので、その記事を読み返してください。

 まあ、Mは決して優良社員とは評価できませんが、Y社が主張するMの勤務態度や能力不足の事実は、いずれも致命的なレベルに達しているとは言えず、かつ、Y社による教育的指導の不足は否めず、解雇権濫用法理が当てはまって解雇無効というのが、私の見立てです。

 次に、Mの直属の上司、職場の同僚、他部門の上役等によるMへのいじめ・嫌がらせともとれる言動が、「パワハラとして損害賠償請求権の原因となるか?」の論点が考えられます。特に、営業部のS部長(後にMが営業部に異動して一時直属の上司となる)の言動は(彼ひとりの言動で十分に)度を超しているのですが、Mを自己都合退職に追い込もうとする圧力をかけているように見える経理部長や課長の言動を併せて評価すると、単純に「S部長の不法行為+Y社の使用者責任」という構成では、本件ハラスメントの実態を反映しておらず、ここは「Y社の債務不履行安全配慮義務違反)」構成の方がしっくりくるという印象を持っています。

 私が、本設例で債務不履行責任を強く押すのには、1つの大きな理由(隠れた論点)があります。それは、ゼミナール研修の際に、他のすべてのグループの答案が配られたのですが、いずれのグループもこの隠し論点には触れていませんでした。教官弁護士も「そこを指摘されると会社は辛いなあ」と言っていました。

 それは、Y社の退職金規程中の退職金の支給係数が、在職年数が20年以上になると、会社都合なら10.0→20.0、自己都合なら8.0→15.0に跳ね上がることに注目し、Y社の自己都合退職を迫るための嫌がらせがMの勤続が17年を超えた辺りから厳しさを増して行くので、おそらくY社は、Mの勤続年数が20年に達する前に、安い退職金で自己都合退職させたかったという会社ぐるみの意図があったのではないかと推測したことです。

 したがって、本設例のY社によるMへのハラスメントは、Y社による債務不履行安全配慮義務違反)の方が適切と考えますが、能力担保研修の課題であるあっせんの申請書の書き方は、そう簡単に、こちらが良いと決めつける訳にはいかないので、注意が必要です。簡単に言うと、請求の原因としては、営業部のS部長他の個別のハラスメント言動を根拠とする「不法行為+使用者責任」と営業部のS部長その他の全体としてのハラスメント言動を根拠とする「債務不履行責任」を並べて、どちらにも該当するから、損害賠償しなさいと書くということです。

 「第 1あっせんを求める事項」は、第1問小問(1)の書き方の見本になっていますし、「5 被申請人の被用者による申請人に対するいわゆるパワー・ハラスメント行為等が申請人の使用者としての不法行為責任及び労働契約上の使用者の安全配慮義務違反に該当し、申請人に対する損害賠償義務が存在すること。」は小問(4)の法的判断の見通しを考える際の材料になっているので、私が書いた設例2の答案(申請書)の一部を次に引用します。

<目次(項目)>*******************************

第1 あっせんを求める事項

 MはY社に対し、

① 雇用契約上の権利を有する地位にあることの確認を求める。

② 主任の地位にあることの確認を求める。

③ 令和2年6月分から同年9月分までの主任手当月額6,000円(計24,000円)及び令和2年10月以降毎月25日限り主任手当額を含む総支給月額賃金288,000円並びにこれらすべてに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員の支払いを求める。

 

(注)本設例の場合、月給は当月分を25日払いとなっているので、解雇月の令和2年9月分の賃金は支払い済みなので、不当解雇によって令和2年10月分からの賃金請求権が生じていると考えます。また、Y社による無効な自宅待機命令期間中に主任職を一方的に解職して主任手当月額6,000円を賃金総額から減額している分は、別途請求することになります。どちらも、それぞれの支払期日から遅延損害金が発生しているので、「これらすべてに対する各支払期日の翌日から支払済みまで年3分の割合による金員」と書いてあります。この細やかな気配りが、1点、2点の差を生じさせるということを肝に銘じておいてください。

 

④ 営業部S部長等による申請人に対する侮蔑的言辞、名誉毀損行為、自主退職を強要する等の業務命令権・人事権の範囲を逸脱した行為によって申請人の人格権の侵害及び申請人に精神障害等を生じさせた不法行為責任並びに労働契約に基づいて使用者が負っている安全配慮義務違反に対する慰謝料として、金100万円の支払を求める。

 

(注)教官弁護士から、下線の箇所は説明文になっているので、書かなくても良いとのコメントをいただきました。確かに、今読み返すと、くどいという感じがしています。これは他のグループの答案を見ていて気付いたのですが、ここにも「年3分の割合による遅延損害金の請求」が要りますね。遅延損害金の発生時期(起算点)としては、「不法行為+使用者責任」か「債務不履行責任」かにかかわらず、Y社で職場のいじめがあって、Mに損害が発生(精神疾患を発症)した時点と考えるのが合理的だと考えます。間違えても、MがY社に解雇された「令和2年9月30日の翌日(10月1日)から支払い済みまで」としないことです。

 

第2 あっせんを求める理由

 1 当事者及び雇用契約の内容(略)

 2 本件解雇に至る経緯(略)

 3 本件解雇が無効であること(略)

 4 本件降格(自宅待機期間中の主任職の解任)が無効であること(略)

 5 被申請人の被用者による申請人に対するいわゆるパワー・ハラスメント行為等が申請人の使用者としての不法行為責任及び労働契約上の使用者の安全配慮義務違反に該当し、申請人に対する損害賠償義務が存在すること

(1)いわゆるパワー・ハラスメントとして問題となるのは、上司の職務上の権力によ る不当な命令に基づく人格権の侵害となる心身の苦痛等のために職場における円満な就労の阻害がなされていることをいうことが多い。つまり、労働者は就業規則に服し、上司等の業務命令が合理的で相当な範囲を超えて合理的な理由のない過酷な肉体的・精神的苦痛を伴うものであったり、懲罰・報復等の不当な目的で行われたりする、いわよる職場のいじめ、村八部的差別等不当性、不法性を帯びる場合に違法な行為となる。

(2)本件においては、上記「2 本件解雇に至る経緯」及び「3(7)」に記載のとおり、申請人が勤続20年に達する前に自己都合退職に追い込むためと推測される平成29年3月頃のS部長による侮蔑的言辞及び辞職の強要ともとれる発言に端を発した、職場の上司や同僚による申請人への叱責やいじめが次第にエスカレートして行った一連の行為がいわゆるパワー・ハラスメントに該当し、当該行為者それぞれの不法行為を構成するだけでなく、彼らの使用者であり申請人の自己都合退職のための一連の行為を画策したであろう被申請人による不法行為を構成する。さらに、申請人と被申請人の労働契約に基づいて使用者が負う安全・快適な職場環境を維持するなどの安全配慮義務にも違反するものと言わざるを得ない。

 

(注)教官弁護士から、「2つの法律構成を分けて書くべきであった」との指摘を受けました。確かに、(1)と(2)と分けるなら、(1)不法行為+使用者責任、(2)債務不履行安全配慮義務違反)と明確に分けて書くべきだったと思います。さらに教官弁護士から、「パワハラに関する事実の列挙が不十分で、ここの主張が弱い」との指摘も受けました。この点、確かに、情報不足で解雇無効の主張に比べて迫力がないなと感じました。

 

6 結語

 以上のとおり、本件解雇が無効である以上、申請人が被申請人に対して雇用上の権利を有する地位に有り、かつ、主任職解任が無効である以上、申請人は営業部主任の地位にある。よって、令和2年6月分から同年9月分までの主任手当月額6,000円(計24,000円)及び令和2年10月以降毎月25日限り主任手当額を含む総支給月額賃金288,000円が支払われるべきであることは明らかである。加えて、申請人が雇用上の地位を有することを確認のうえ、被申請人への復職を望んだにもかかわらず被申請人が拒んだときは、申請人は民法415条1項に基づいて、これによって生じた損害の賠償を請求できることは言うまでもない

 さらに、本件事件の一連の出来事の中で、被申請人の従業員による申請人の人格権の侵害及び申請人に精神障害等を生じさせた不法行為責任並びに労働契約に基づいて使用者が負っている安全配慮義務違反により、申請人が被った被害の慰謝料として、金100万円の支払を求める。

 

(注)教官弁護士から、下線部分の書き方では、MがY社への復職を求めていることの記載が不十分であるとの指摘を受けました。現在では、例えば、「申請人が雇用上の地位を有することを確認のうえ、被申請人を速やかにY社での解雇前の職場に復職させる義務を負うことは明らかであり、万一、被申請人への復職を望んだにもかかわらず被申請人が拒んだときは」ぐらいに書いておくべきだったと考えています。

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 パワハラに関する2つの法律構成の申請書への書き方は、以上のとおりです。

 

 次の問題は、特定社会保険労務士試験第1問小問(4)で問われる「法的判断の見通し」の書き方です。

 小問(2)と(3)の解答欄に書く主張事実を選択する際に、その根拠となる法律構成①不法行為+使用者責任と②債務不履行安全配慮義務違反)を頭に入れておくことは必須ですが、小問(2)と(3)は事実を書き並べる解答欄ですから、直接、これらの法律構成を書く場所はありません。

 したがって、パワハラ部分については、小問(4)の解答欄に、「不法行為+使用者責任」が成立するのでY社に損害賠償義務が生じるとか(成立せず生じない)、「債務不履行安全配慮義務違反)」が成立するのでY社は損害賠償義務を負うとか(成立せず負わない)、両方とも成立するから損害賠償義務を負うとか、両方とも成立しないから損害賠償義務を負わないとか書くことになるものと思います。

 

 最後に、第16回(令和2年度)時点からの情勢の変化について少し情報提供させていただきます。

 改正労働施策総合推進法(通称、パワハラ防止法)が令和2年(2020年)6月1日から施行され(同日から大企業に適用、令和4年(2022年)4月1日から中小企業に適用)ました。また、パワハラ防止法の制定と同時に、男女雇用機会均等法にもセクハラについて、次の2つの新しい規定が加わりました。

① 事業主に対し労働者がセクハラ相談やセクハラ調査で証言したことなどを理由として解雇などの不利益な取扱いをすることを禁止した。

② 事業主は他社から、他社の労働者に対するセクハラ被害について、他社が講じる措置に必要な協力を求められた場合には、これに応じるように努めなければならない。

 努力義務とは言え、②が規定されたことの意味は大きいと思います。ちなみに、①はパワハラ防止法と同じことを言っているに過ぎません。

 法改正に併せて、令和2年(2020年)1月15日厚生労働省告示第5号によって、「職場におけるハラスメント関係指針」が公表されているので(改正法および指針の内容について様々な批判があります)、両睨みでハラスメント全般についての社会情勢の変化についての認識を新たにしておくことをお薦めします。

 なお、法律構成の説明については、8月6日第11回第1問を使ったパワハラの論点解説(その1)および8月13日同(その2)に詳しく書いておりますので、それらを読み返してください。

 

追伸

 

 塾生向けの参考書を作っていて、セクハラに関する情報の整理が出来ていないことに気付きました。2019年改正女性活躍推進法等もありますので、明日(28日)の記事に書くことにしました。

 塾生向けの問題集を作っていて、これは相当手間のかかる作業だなと実感しています。だから、問題集は売ってないんだと妙に納得しています。