TokuteiJuku’s blog

特定社労士試験の勉強と受験

第11回第1問を使ったパワハラの論点解説(その1)

 今回からしばらく、過去問を解きながら、労働紛争事例問題で扱う主要な論点について解説します。

 頻度で言うと「解雇」が一番多く出題されて来た論点ですが、第1回と第2回の過去問の解説で、かなりやりましたので、まずは、パワハラをやります。

本格的にパワハラを正面から取り上げたのは、第11回第1問だけです(事例の中に付随的に書かれることはありました。)。この第11回の事例は、古典的な上司による部下へのいじめがテーマになっています。しかし、最近増えてきた過労死・過労自死は必ずしも特定の誰かによるいじめが原因ではなく、職場全体・組織ぐるみの嫌がらせ、過重労働を強いる企業風土、やり甲斐搾取と呼ばれる働かせ過ぎの企業方針などが原因です。そこで、後者を扱った事例として、第16回(令和2年度)の「グループ研修・ゼミナール教材」の設例1(申請書起案用)を紹介して、前者との解き方の違いを解説します。

 民法的な観点から(すごく単純化して)最近の傾向を若干説明すると、①前者は上司(個人)による不法行為+雇用主の使用者責任問題を根拠にしており、②後者は雇用主の債務不履行安全配慮義務違反)を使って責任追及をするという使い分けが(従来は曖昧でしたが)明確になってきたということです。②後者の方が主張・立証の書き方が難しいので、割と回答が容易であった①前者の解法のテクニックの後で、②後者を昨年度より手厚く説明します。いずれにしても、①と②の使い分けが必要ですので、両方の解法をマスターしておいてください。

 それでは、第11回第1問の解説から始めます。2021年6月18日の記事および2021年6月20日の記事を一部修正して引用します。

 

第11回(平成27年)第1問の論点(その1:パワハラが原因の損害賠償請求)******************************************

 第11回は、上司によるパワハラが原因で、労働者が精神的ダメージを受けて退職に追い込まれたので、退職後に、雇用主(会社)に対して当該元上司が行ったパワハラによる精神的ダメージについて損害賠償請求するという設問です。パワハラによる被害を法的に回復するという民法の問題になっているのと、令和2年4月1日から改正民法が施行されて、当時とは民法の説明に変更が生じているので、少なくとも、今、この問題を解いて理解するのは、過去問の学習のなかで一番難しいのではないかと考えています。まずは、パワハラの定義から始めます(遅延損害金の話は、小問(1)のところで書きます。)。

 2012(平成24)年1月、厚生労働省「職場のいじめ・いやがらせ問題に関する円卓会議のワーキング・グループ」が『職場のパワハラとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性(上司から部下に行われるものだけでなく先輩・後輩間や同僚、さらには部下から上司に対して様々な優位性を背景に行われるものも含まれる。)を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛与えるまたは職場環境を悪化させる行為をいう。』と定義しています。

 欧米におけるパワハラのとらえ方は、水谷英夫著『職場のいじめ-「パワハラ」-と法』信山社2006年12月第1版という本に詳しく書かれています。職場のパワハラは欧米でも同じように問題になっていますが、日本とは違った状況と受け止め方のようですから、次に少しだけ紹介します。

(同書P76)********************************

『(1)職場の「いじめ」対策はどのように始まったか-レイマンの研究-Mobbing』中には、「職場においては、従来から殺人・強姦等の身体的暴力が広範に蔓延していることは知られていたが、近年、このような身体的暴力に加えて、セクハラ、いじめ、いやがらせ等、精神的、心理的な暴力が蔓延するようになっていることが認識されるようになってきた。

それにつれて各国では職場における精神的暴力を中心とした「いじめ」対策は、このような精神的・心理的暴力に対する研究・対策が強化されるようになってきたことが大きな特徴といえるのである。そのような主として精神的な「いじめ」等の行為は、欧米諸国では今日一般に、ブリング(bullying)、モビング(mobbing)、モラル・ハラスメント(moral harassment=harcelement moral)等と呼ばれている(8)(以下、省略しますが注(8)を引用します。)。

(8) このような現象につき、わが国では「パワー・ハラスメント」と呼ばれるようになってきているが、これはクオレ・シー・キューブのスタッフ達が考えた造語であり、2002年秋マスコミでとりあげられるようになってからわが国で急速に広がったいわば「和製英語」である(以下省略)。』

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 一応、パワハラの定義を書いてみましたが、パワハラ(セクハラ、モラハラアカハラ、マタハラ等も同様)が原因の損害賠償請求の問題を解くのに、このようなパワハラの定義を覚えておく必要はありません。なぜなら、申請人(部下)の主張が通るか、通らないかは、相手方(上司)の行為がこの定義に当てはまるかどうかではなく、もっと別の論点(の要件)で決まりますから。よって、はじめに、あまり法律論としては正確ではないですが、ザックリとしたお話をします。

 上司によるパワハラ(例、暴力、罵倒等のいじめ)があって、部下に損害(肉体的傷害、精神的傷害等)が発生したので、上司に対して損害賠償請求する(例、治療費10万円を支払え。)ことは、なぜ出来るのでしょうか?法律学小辞典5 P846には、『損害賠償 Ⅰ 民法 1 意義 債務不履行不法行為などの一定の事由に基づいて損害が生じた場合に、その損害を補填して損害がなかったのと同じ状態にすること。』と書かれています。次に、債務不履行不法行為民法の条文を書きます。

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 債務不履行による損害賠償)

第415条① 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

② 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは債務の履行に代わる損害賠償をすることができる。

 一 債務の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

 (損害賠償の範囲)

第416条① 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常すべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

 ② 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者はその賠償を請求することができる。

 (損害賠償の方法)

第417条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

不法行為による損害賠償)

第709条 故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。

(注)法律学小辞典5P846「損害賠償」中に『因果関係のある損害のうち、どこまでの損害が賠償されるかという問題については、民法債務不履行についてだけ規定しており[民416]、不法行為については規定しないが、通説・判例不法行為についても民法416条を基準として定めるのが妥当であると解している。』と書かれている。

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 わざわざ、民法の条文を列挙して、何を言いたかったかというと、「パワハラで損害を受けた、だから加害者に損害賠償金を請求できる(治療費等の賠償金を支払ってもらえる)」という普通の人の感覚(考え方)では、裁判所に訴えて、損害賠償金を支払うように命じる判決を得ることはできない、(そうではなくて)損害賠償請求のできる具体的な法律の条文(に書かれた要件)に当てはまる事実が存在すること(当該パワハラ行為が債務不履行不法行為に該当する)を主張・立証しなければならないと言うことです。

 上述の水谷英夫弁護士の本では、パワハラ、セクハラ、モラハラ、マタハラ、アカハラなどは、それらの現象が現れる場面や加害者と被害者の関係性による呼び方の違いであって、キーワードは「いじめ」であると書かれています。以下、また、少し同書から引用します。

 

<P8-「今日世界的な現象となっている-「いじめ」の一部>***********

 『「いじめ」は、今日世界的に共通する現象となっている。わが国では、1980年代以降、学校における「いじめ」が大きな社会問題としてクローズアップされるようになり、また90年代以降、不況や雇用構造の変化に伴うリストラなどを背景として、職場内における「いじめ」がジャーナリズムなどで取り上げられるようになり、近年では「パワハラ」、「いびり」、「スピッティング」、「モラハラ」等さまざまな表現で語られる現象が生じてきている。

 とりわけ近年わが国では、毎年3万数千人にも達する自殺者が発生する中で、その相当数がリストラに伴い職を失ったり、住宅ローン等の多重債務を抱えた中高年の労働者で占められており、また各地の労働相談所にも退職・解雇や労働条件の切り下げ等の相談と並んで、セクハラ、いやがらせ等職場における「いじめ」が上位にランクされるようになってきている。』

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 繰り返しになりますが、何らかのパワハラの定義(の要件)に当てはまる事実があったことを主張・立証するのではなく、債務不履行不法行為の条文に当てはまる事実を主張・立証して、はじめて加害者に損害賠償請求出来る(裁判所が認めてくれる)と言うことです。

 ですから、本問を解くためには、損害賠償請求のできる要件とそれに当てはめるべき事実は何か?を知る必要がある訳です。まずは、上述の条文を心に留めながら、いわゆるパワハラ問題の全体像を、次に掲げる基本書の該当部分を読んで、把握してください。次回以降に、それをベースに、もう少し掘り下げた解説をします。

 パワハラについては、菅野本P257-262「3.パワーハラスメント」を読んで、まず労働法上の問題点をざっと理解してください。菅野本P258に、2012年1月にとりまとめられた「職場のいじめ-嫌がらせ問題に関する円卓会議ワーキング・グループの報告」の中に、『企業の防止の取組みとしては、トップによるメッセージ、ルールの策定、実態の把握、教育、周知などを、解決の取組みとしては、相談や解決の場の設置、再発防止研修などを推奨している。』と記載されていると書かれていますが、この部分は第1問の小問の事実を拾い上げるときの基準に使えますから、ぜひ覚えておいてください。

 

 それでは、ここで、厚生労働省雇用環境・均等室が平成30年10月17日付けで作成した「パワーハラスメントの定義について」という資料を作成・公表しているので、それを読んでください。抽象的な概念の整理と具体的な事例(判決例)の整理がなされています。ここまで勉強してきた方には、この資料も読み易いと思います。↓

https://www.mhlw.go.jp/content/11909500/000366276.pdf

 

上記資料に関連して、厚生労働省Websiteに「労働施策基本方針」(平成30年12月28日閣議決定)と「職場におけるハラスメント関係指針」(令和2年1月15日厚生労働省告示第5号)が載っていますので、これらも読んでおいてください。令和2年6月1日から大企業に、令和4年4月1日から中小事業主に、職場のパワハラ対策が義務化されました。

前者はここです。↓

https://www.mhlw.go.jp/content/11602000/000465362.pdf

後者はここです。↓

https://www.no-harassment.mhlw.go.jp/pdf/harassment_sisin_baltusui.pdf

 無料とは言え、色々な資料を当たるのが面倒くさいと考える方には、パワハラに関する手軽で役立つ本として、井口博弁護士著「パワハラ問題 アウトの基準から対策まで」新潮新書2020年12月20日発行をお薦めします。

 第16回(令和2年度)第1問(労働紛争事例問題)にもパワハラの論点が含まれていましたが、この第11回第1問のように、正面からパワハラ不法行為→会社への損害賠償請求という形ではありませんでした。しかし、平成30年に「雇用対策法」が改正されて「労働施策総合推進法」が施行され、上述のように厚生労働省のこの問題への関心が高いことが推測出来るので、そろそろパワハラを正面から取り扱った問題が出されても不思議ではないと思う、今日、この頃です。

 

 ところで、ここまで書いて来て、2つ疑問が湧きました。①債務不履行損害賠償請求(未払い賃金を支払えとは異質)ができるとはどういう意味か?と②特定社会保険労務士試験第1問小問(1)で毎回問われる「求めるあっせんの内容」の回答で、例えば、不当な解雇期間中の未払い賃金を請求するために「Y社はXに対し、令和○年☓月△日以降、毎月25日限り、金30万円を支払え。」と回答するのですが、この毎月の未払い賃金を請求する権利は、法律のどの条文に基づいているのか?の2つです。これらの2点については(後々の理解に役立つと思われるので)、次回、解説します。

 

第11回(平成27年)第1問の論点(その2:派生する論点)**************************************************

 前回、疑問が湧いた① 債務不履行損害賠償請求(未払い賃金を支払え、とは異質)ができるとはどういう意味か?と② 特定社会保険労務士試験第1問小問(1)で毎回問われる「求めるあっせんの趣旨」の回答で、例えば、不当な解雇期間中の未払い賃金を請求するために「Y社はXに対し、令和○年☓月△日以降、毎月25日限り、金30万円を支払え。」と回答するのだが、この毎月の未払い賃金を請求する権利は、法律のどの条文に基づいているのか?の2つについて、書きます。

①は上述の民法第415条~417条が根拠になる訳ですが、少し補足します。まず、民法の条文は次のとおりです。

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 (債務不履行による損害賠償)

第415条① 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

② 前項の規定により損害賠償の請求をすることができる場合において、債権者は、次に掲げるときは債務の履行に代わる損害賠償をすることができる。

 一 債務の履行が不能であるとき。

 二 債務者がその債務の履行を拒絶する意思を明確に表示したとき。

 三 債務が契約によって生じたものである場合において、その契約が解除され、又は債務の不履行による契約の解除権が発生したとき。

 (損害賠償の範囲)

第416条① 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常すべき損害の賠償をさせることをその目的とする。

 ② 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者はその賠償を請求することができる。

 (損害賠償の方法)

第417条 損害賠償は、別段の意思表示がないときは、金銭をもってその額を定める。

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次に、潮見佳男著「民法(全)」有斐閣2017年6月初版P263から該当箇所を引用します。

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 『Ⅱ 損害賠償の効果

  1 差額説

  債務者が債務の本旨に従った履行をせず、このことにつき債務者が免責されない場合には、債権者は、債務者に対し、債務不履行を理由として損害賠償を請求することができる。ここでの損害賠償の内容は、通説によれば、差額説と呼ばれる考え方によって確定される。差額説とは、「債務不履行がなければ債権者が置かれたであろう状態と、債務不履行があったために債権者が置かれている状態との差を金額であらわしたもの」が損害であるとする立場である。2つの状態の差をとらえるとともに、その差を金額面での差と捉える点に特徴がある。

  差額説は、差額の計算の仕方として、債権者の損害を財産的損害と非財産的損害(慰謝料など)に分け、財産的損害については、さらに、積極的損害(財産の積極的な減少)と消極的損害(増加するはずであった財産が増加しなかったこと。逸失利益とか、得べかりし利益ともいわれる)に分け、そのうえで、個別の損害項目ごとに金額を算出して積算するという方法を採用している(個別損害項目積上げ方式)。』

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 私が下線を引いた部分がこの疑問の核心部分です。つまり、債務不履行があった後の状態と債務不履行がなく適正に債務が履行された状態との差を埋めるための金銭を請求できる(支払ってもらえる)制度である」ということです。なお、損害賠償の種類としては、①遅延賠償、②填補賠償、③保護義務違反を理由とする賠償などがあります。①と②は法律学小辞典5に載っていますが、③は載っていないので、上述の「民法(全)」から説明を次に引用します。ずっと後で説明する安全配慮義務違反はこれに含まれます。

<P264>**********************************

 『(3) 保護義務違反を理由とする損害賠償  債権者の生命・身体・財産などの保護を目的とした契約上の義務に対する違反を理由とする損害の賠償が問題になる場合には、その義務を債務者に課すことによって保護されようとしていた利益(生命・身体・財産など)が侵害されたことにより、債権者に生じた損害が賠償される。』

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 次に、② 特定社会保険労務士試験第1問小問(1)で毎回問われる「求めるあっせんの趣旨」の回答で、例えば、不当な解雇期間中の未払い賃金を請求するために「Y社はXに対し、令和○年☓月△日以降、毎月25日限り、金30万円を支払え。」と回答します。この毎月の未払い賃金を請求する権利は、法律のどの条文に基づいているのか?です。

そもそも、(解雇無効の可能性のある)合理的な理由なく解雇された労働者が、当該解雇が無効であるという判決等を得て職場復帰等する場合に、解雇されてから解雇無効判決等を得るまでの間の賃金は請求出来るのかが問題となります。菅野本P803-805(9)解雇期間中の賃金にその説明が書かれています。菅野本のP803-804の一部を抜粋して、次に書きます。

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 『・・・、解雇されてから無効判決を得るまでの間の賃金は、その間の労働契約関係が存続していたものとして、双務契約における一方債務の履行不能の場合の反対給付請求権(民法536条)の問題として処理される。すなわち、客観的に合理的理由のない(または相当性のない)解雇を行った使用者には、解雇による就労者の就労不能につき原則として「責めに帰すべき事由」ありとなるので、労働者は解雇期間中の賃金請求権を失わない(同条2項)。しかし例外としてたとえば、・・・(略)。

 解雇期間中の賃金請求権が肯定される場合には、その額は、当該労働者が解雇されなかったならば労働契約上確実に支給されたであろう賃金の合計額となる。これは、基本給、諸手当、一時金などにわたるが、通勤手当のように実費補償的なものや、残業手当のように現実に従事して初めて請求権が発生するものなどは除外される。』

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 菅野本には、出勤率・出来高・査定や昇給・昇格の扱い、他の事業所で働いて得た賃金等の取扱いなどについても書かれているので、菅野本をお持ちの方は、該当箇所を読んでおいてください。

 「解雇無効なのだから、その間の未払い賃金は、支払って貰えて当然だ」と感情的にならず冷静に、しかも固定された金額ではない勤務状況に応じて決められる報酬(例えば、ボーナス)については客観的に、法律構成を考えましょうということです。

 最近は、余りこの②の部分でややこしい出題はないのですが(過去にはあります。)、近い将来、上述のような変化球の出題がされることも考えられるので、賃金請求の部分について、しっかり準備をしておきましょう(上述のように地位確認請求の部分の準備も怠らず。)。

 民法上の論点は、もう少し基礎の部分にあります。本来、雇用が継続していたら毎月一定日に支払われたはずの定額給与が支払われていなかった(債務不履行に陥っている)のですから、雇用が継続していたら、会社には支払義務(債務)があったはずです。雇用の継続が確認されたら、当然、遡って支払ってもらえるのは、民法のどの条文に基づくのでしょうか?実は、「債務者には債務を履行(弁済)する義務がある」と規定した条文はありません。あえて言うなら、上述の菅野本からの引用の下線部分です。裏から読む?

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 『解雇されてから無効判決を得るまでの間の賃金は、その間の労働契約関係が存続していたものとして、双務契約における一方債務の履行不能の場合の反対給付請求権(民法536条)の問題として処理される。』

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余りにも当たり前でそこまでの条文は作られなかったのでしょう。この点については、これだけでは分りにくいので)前回引用した潮見教授の民法(全)から一部を次に引用します。

<P257>***********************************

 『Ⅰ 履行請求権

  債権者は、債務者に対して、給付を請求することができる。債権には、給付を請求することができる権能(請求力)が内在しているからである。請求力は、債務者からの給付がないときに、履行請求権という形で具体化する。』

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 私は大学時代、「物件は支配権で、債権は行為請求権だ。」と教えられました。債権は誰かに何かをしてもらう(させる)権利だと考えれば、賃金を支払う義務を負う債務者(会社)に対して、賃金債権を有する債権者(労働者)が「賃金を支払え」というのは、当たり前といえば当たり前なのですが、労働の対価としての賃金と考えると、労働してないのにもらっていいのかな?と少し気が引ける部分はあります。民法536条(特に2項)を読んでみてください。この悩みは、解消します。

 令和3年度は、ここまでしか書いていなかったのですが、何か、イマイチしっくりきませんでした。その後、以前紹介した前田欣也特定社会保険労務士の本を読んで、その本のP81-P85「7 労働関係における危険負担の考え方」に、この働いていなかった期間の賃金を請求出来る根拠として「危険負担の原則(債務者主義)の例外(債権者主義)」(民法536条)が書かれていることを発見しました。全部引用する訳にはいかないので、少しだけ引用します。前田本をお持ちの方は、上述の箇所を読んで置いてください。

<P83>***********************************

『例外:債権者主義

 これに対して、違法解雇や不当な出勤拒否が理由で労務提供ができないなら、その期間の賃金はもらえます。これが例外に当たる場合です。

 例えば、解雇されると、従業員は職場に行っても入れてもらえず働くことができません。しかし、もしも解雇が権利(解雇権)の濫用だったら?この場合には、債権者である企業が悪いのですから、賃金を損するのは債権者=企業です。このようにルール決めをしているのです。要するに、違法解雇などの場合には、それは採用者の責に基づく労務提供義務の履行不能ですから、従業員は、労働の意思と能力がある限り、現実に労働していなくても、従業員はその間の賃金を請求できるということになります。これが債権者危険負担主義です。』

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 何を下らない議論をしているのか?と思われる方もいるかと推察しますが、法律の勉強とはこのように面倒くさいものだと諦めて、試験の本番までお付き合いください。

 法律学小辞典5をお持ちの方は、P489の「債務不履行」も読んでおいてください。次回は、(パワハラを含む)職場のいじめの法的責任の4つのパターンについて説明します。この問題は奥が深いので大変です(爺の嘆き)。

 塾の教材がある程度出来たので、河野順一さんの過去問題集18回用を買いました。河野順一さんの本で忘れてはならないのは、2/3がCDに入っているので、それを印刷して勉強することです。一般的に言って、古い過去問の方が、新しい過去より易しいですから、古い過去問から順番に解いて行くことをお勧めします。老婆心なから。

 明日、8月7日(日)午前零時に、塾生募集の「告知4」の記事を載せます。