TokuteiJuku’s blog

特定社労士試験の勉強と受験

第1回(平成18年)第1問の論点解説(補足)

 前回、第1回第1問小問(5)の解き方を途中まで解説して、ポイント③の脱落に気付いて、今回に持ち越しました。それでは、続きを書きます。まずは、前回の復習から。

 第1回第1問小問(5)は、「Xとしては、Y社側からXに対して振り込まれた2ケ月分相当の退職金についてどうすべきでしょうか。具体的な対応策についての見解を解答用紙第5欄に200字以内で記載しなさい。」です。一方、出題の趣旨は、「会社から振り込まれた2ケ月分相当の退職金について、そのまま受領してよいか、解雇の承認の問題についての理解を問うもの」となっています。

 回答のポイントとしては、①XとしてはY社に対し、解雇を承認したわけではないので、(賃金の)2ケ月分相当の退職金名目の金員を受領する意思はないことを、②後の紛争の際に証拠となる方法で伝える必要があります。ベテランなら、「あっ、それなら内容証明郵便で、解雇の承認拒否と退職金相当額は受領せずに預かっておくと伝えておけばよい」とピンときて、10点満点の少なくても5点はゲットとなったかもしれませんが、新人なら①の方は思いついても、②のほうは果たしてどうしたものか?と悩むのではないかと思います。

 ここから、②をどうひねり出すか?が6点取れるかどうかの分かれ目です。要するに、①の内容を相手(Y社)に伝えたことを後日証明ができれば良いわけです。例えば、LINEでのやり取りなら、通信の内容・当事者・日時まで記録出来ますし、FAXを送信すれば、受信のFAX番号と受信日時の記録が残ります。内容証明郵便に配達証明を付けて送付すると余りに好戦的に見えるので、手紙のコピーを残して、簡易書留にして郵送するというソフトな方法でも、後日、相手は手紙を受け取っているのに、こちらのコピーとは違う内容だと主張するのは難しいし、本問の内容程度の意思表示を否定するというのも大人げない(見苦しい)ので、こちらの主張が通る可能性は高いと思います。よって、新人の方達がそのとき思いついた上述の代替方法で、その写しや記録をのこしておくという回答でも、②の半分ぐらい(内容証明が5点なら2か3点)は回答したことになるのではないか?と考えています。だから、もしこんな場面に出会ったら、そのものずばりの知識や経験がなくても、採点者が求める回答のポイントから逆算して、何とか回答をひねり出してください(ここまで受験生を差別した出題をするのかなあ?いささか疑問。何かあるのでは?)。

 ここで、相殺(民法505条1項)について、少し勉強してみてください。Y社が退職金名目で振り込んできた賃金の2ケ月分相当額は、本来、XからY社に返還すべき(受け取る理由のない)金員です。一方、解雇が無効だったらXがY社からもらえるであろうと期待している未払い賃金は、Xの勝ち(解雇無効)が決定していない以上、まだ、もらえるかどうか分らない未確定の債権です。だから、筆が滑って、内容証明郵便に「退職金名目の振り込まれた金員と未払いの賃金相当額を相殺する」とまで記載したら、出来もしない(相殺適状にない)相殺の意思表示をしたことになり、減点の対象になると思いますから、要注意です。詳しくは、民法の基本書で調べるか、法律学小辞典5にP808-809に「相殺」、P809に「相殺適状」と「相殺の抗弁」が載っているので、それらを見てください。

 ここまでは、読んでいただいてご理解いただいたと思います。

 さて、前回、最後に書いた「抜けていた重要なポイント③が何か?」に気付いた人は何人おられるでしょうか。ヒントは、出題の趣旨に「そのまま受領してよいか」と書いてあります、でした。問題は、「特別退職金としては受領しません」と通知するだけ(前回触れた安西本の判例はここまで)で、そのままこの受領する理由のない金員をXが我が物にする(少なくとも保持する)ことが適法・妥当なのか?何か問題は起こらないのか?という点です。もし、未受領の賃金債権との相殺が可能ならこの問題は発生しませんが、相殺適状にないので相殺できませんから、この金員をどのように扱うか?は悩ましい問題となります。

 それでは、なぜY社は、この特別退職金名目の金員を振り込んできたのでしょうか?Y社は、この解雇は適法だと考えているが、Xが気の毒なので特別退職金を支払って、自らの主張を補強したい(または、会社側の誠意を示したい)と考えて、さっさと振り込んで(支払って)しまい、もしXがそのまま受領して解雇を受け入れてくれたらこれ幸い、と判断したからだと思います(安西本の最高裁判例どおり)。よって、解雇無効を主張するXとしては、意地でもこの金員を受領することはできないはずです(解雇は無効だけどお金は貰っておきますというのは、少なくとも私の主義には合いません。)。

 想像してください。「解雇は無効なので特別退職金相当額は受領出来ません」と文書で意思表示しておきながら、Xがその金員を銀行口座から引き出して消費したら。Xが意図せずに、引落しがあって、当該口座の残高が、特別退職金相当額を下回ったら。Y社から見たら、文書では受領を拒否しておきながら、実質受領して消費しているじゃないか、解雇を認めているのと同じじゃないか、ということになりかねません(主張として合理的)。また、Xが未払賃金額と相殺だと主張しても、そんな債権は紛争途中で未確定だから相殺できないと反論されたらジ・エンドです。だとすると、Xとしては、この金員(Y社のもの)をさっさとY社に返金するか、自らの手の届かない所にY社との紛争が解決するまで安全に保管しておく必要が生じるはずです。つまり、ポイント③は、特別退職金相当額の金員を「速やかにY社に返金する」か、「安全なところに隔離・保管する」という手立てを講じる義務がXにはあるという点です。

 一番簡単なのは、Y社の銀行口座に当該金員を振り込んで返金し、内容証明郵便に「解雇は無効なので特別退職金名目の金員は受領できない。よって、Y社の銀行口座に振り込んだ」と書いて送るという方法です。Y社としては、当該金員をXの口座に振り込んだことで、弁済の提供をしたのにXが受領を拒否したのだから履行遅滞債務不履行)に陥る(後日Xから支払う気はなかったじゃないかと主張される)おそれはなくなるので、Y社から再度Xの口座に振り込むという面倒なことはせず、普通なら、紛争が解決するまで、会計上「預かり金」科目で保有しておくことになるから、当該金員をめぐる取扱いはここで一応止まります。

 Y社との紛争の結果Xが勝てば、未払い賃金に充当すれば良いし、Xが負ければそのまま特別退職金として受領すれば良いので、(Y社の金だが)当面預かっておくとXが考えたときです。厄介なのは、先ほど述べたように、当該金員を安全なところに隔離・保管する方法を考えることになります。

 私が最初に考えたのは、「供託」です。法律学小辞典5のP248に供託が載っています(今後出題されるかも知れないので、一度読んでください。)。残念ながら、本問の場合、供託できません。となると、銀行で別段預金でも作って預かって貰うか、弁護士に頼んで預かって貰うか、少なくともX名義の(残高ゼロの)別口座に移して一切手を出さないようにする必要が生じますし、さらに、「こうこう安全に隔離・保管しています。いつでも請求があれば提供します。」と内容証明郵便に記載する必要まで生じます。もっと厄介なのは、Xが保管している間の法定利息が発生して、万一、返還することになったら利息を付けて返金になるかもしれないという問題です。

 以上のように検討してくると、やはり、Y社の銀行口座に当該金員を振り込んで返金し、内容証明郵便に「解雇は無効なので特別退職金名目の金員は受領できない。よって、何年何月何日に金○○円をY社の銀行口座に振り込んだ」と書いて送るという方法がベストだという結論に達しました。ここまで答案に書いてこそ、「そのまま受領してよいか、解雇の承認の問題についての理解を問う」という出題の趣旨に対する回答になるのだと思います。

 解雇を認めた訳ではありませんと言いながら、特別退職金名目の金銭を自分の手元に置くと言うことは、事実上、当該「金の受領=解雇を承認した」と受け取られるおそれがあるので、もっと慎重に行動しましょう、と出題者が意図していたとすると、これはベテランへのボーナス問題でもなんでもないということになりそうです。と言うより、受け取る理由のない金員が自分の銀行口座に入ってきたら、振込主に返してしまえば良いと単純に考えて実行するのが、(法的にも)一番簡単で間違いのない対処の仕方だという結論になりました。しかも、お金を返してしまえば、解雇を受け入れたと誤解されるおそれもなくなるので、ポイントの①と②が多少雑でも、余り問題とはならない(手紙でもFAXでもいいから、「解雇は無効だからこの金は受け取らない」と書いて送っておきさえすれば、文書の内容や真実性で争われる可能性が極めて低い)ので、内容証明郵便という厳格な手段を知っていなくても、合格点を貰えるのではないか(新人でも十分戦える)と考えるに至った次第です。

 前回、回答のポイントとしては、①XとしてはY社に対し、解雇を承認したわけではないので、(賃金の)2ケ月分相当の特別退職金名目の金員を受領する意思はないことを、②後の紛争の際に証拠となる方法で伝える必要がありますと書きましたが、振り込まれた金員の扱いまで考えるというポイント③を加えると、相当捻った問題になっているということが、ご理解いただけたでしょうか。かなり回り道をしましたが、この問題が孕む論点を一通り検討した過程と結論は以上です(この2回分の記事は、ブログではなくレポートみたいになって、かなり疲れました。)。

 さて、前回の原稿を書きながら、なぜ、ここまで分析・検討を進めたかと言いますと、「Before/After 民法改正」潮見佳男他編著2017年9月11日刊弘文堂という本を読んでいて、「小問(5)はそんなに甘いかな?」とふと頭に浮かんだからです。この本は、今回の改正の前と後で民法の内容と事実への当てはめがどのように変わったかを、事例形式で多数の執筆者が分担して書かれていて、昔の民法の知識のある人の洗い直しに役立つのと、事例を使って民法の実務への当てはめのやり方を手厚く書かれているので、基本書ではないですが、かなり参考になると思ったので読んでいました(実際、予想通りの実用的な本でした)。民法の改正前の知識をお持ちの方は、この本で、頭の中を整理されることをお薦めします。

 まあ、ここまで手間暇をかけて分析しなくても、ポイント①と②を書いて、(間違っているとしても)預かった金は相殺すると書いておけば(余計なことは書かない方がベターですが。)、その金の扱いについては触れる必要がなくなるのだから、法律の専門家を目指す訳でもない特定社労士試験の勉強としては十分じゃないのか(5-6点は貰えるだろう)?という考え方もあるとは思いますが、他人様の答案を添削するとなると、このぐらい勉強しておかないといけないと思う今日この頃です(笑)。

 

追伸 また、変なこと思いつきました。Xが内容証明郵便で、「解雇は無効だから特別退職金は受け取れないが、本来なら受け取れる毎月の賃金を支給されていないのだから、その賃金として受け取ります。」と通知して、金を自分の銀行口座においたままにしたらどうなるか?Y社としては、そういう意味で振り込んだ金員ではないので、内容証明郵便で「当該金員は解雇に伴う特別退職金として支給するものであり、貴殿(X)が解雇無効を主張するなら、直ちに当社(Y社)に返還願います。」と返事をするのでしょうね。こんなやり取りが延々繰り返されるぐらいなら、最初から、XがY社の口座に振り込む(返金する)という方法が、一番簡単ですっきりしていると思われませんか(ああ、疲れた。しばらく、第2回をやりたくないです。泣)。